研究課題
グルコシルセラミド(GlcCer)やホスファチジルグルコシド(PG)などのグルコース化脂質は、エネルギー(グルコースと脂質)代謝やアルツハイマー病などの神経変性疾患の発症に関与する。本研究ではこれまで見逃されていた微量グルコース化脂質代謝産物の分析方法を開発し、その代謝調節や神経機能を明らかにすることを目的とする。具体的には、親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)の最適化や、グルコースに選択的認識するベンゾボロキソール誘導体修飾カラムの開発など、脂質抽出から分離分析に至るまでの過程を見直したシステムを構築する。本年度はHILIC-MSを用いた分析系を開発した。双性イオン型カラム(ZIC)によるHILICを脂質分析に初めて適用した。分離条件を最適化した結果、GlcCerとガラクトシルセラミド(GalCer)は良好に分離され、グルコース化脂質やホスファチジルイノシトールやそのリゾ体を優先的に結合する特長を見出した。GlcCerは脳の嗅球や視床下部で多く、一方、GalCerは白質が多い延髄や海馬に多く含まれた。本法はGlcCerの脂肪酸鎖の違いによっても分離できたことから、皮膚に含まれる多様なGlcCer分子種をヒドロキシル基に基づいて効率よく解析できることも明らかになった。ベンゾボロキソールは従来型のフェニルボロン酸に比べてグルコース認識能を高めたグルコースレセプターである。本年度はアミノベンゾボロキソールを化学合成して、その後エポキシ基を介してシリカゲルもしくは大孔径シリカゲル、アガロースなどに修飾し、計5種類のカラムを試作した。またグルコース化脂質に対する精製効果について予備的な結果を得た。別途、脳内酵素瞬時不活性化装置を用いたホスファチジルグルコシドの抽出法についても検討した。マウス胎児脳をモデルにして回収率を評価したが回収率の改善は認められなかった。
2: おおむね順調に進展している
本研究計画はグルコース化脂質の神経機能解明を目指し、1)HILICによる分離条件の最適化、2)グルコース化脂質に選択的な濃縮法の開発、3、脳内酵素瞬時不活性化装置(マイクロウェーブ)を用いた生理活性脂質調製法の評価、4)LC-MSシステムの高感度化、5)神経発生過程におけるグルコース化脂質の量的変動解析、6)脂質代謝異常を呈する神経疾患の病態メカニズム解明を計画している。平成28年度までに1)分離条件の最適化、2)選択的な濃縮法、3)ホスファチジルグルコシドの抽出法を検討した。1)ではZIC-HILICによるグルコース化脂質の分離分析法を確立し、脳や皮膚に含まれるGlcCerを再現性良く定性・定量分析できるようになった。2)BB誘導体修飾シリカゲルを化学合成した。これまで汎用されていたフェニルボロン酸(PBA)はグルコースに対して結合能が低いという問題点が残されていたが、BB誘導体の親和性は特に高く、改善されることを期待した。遠田らが所有している多様な単糖特異性をもつ22種類のBis-BB誘導体に着目し(遠田浩司、分析化学、2012)、それらをシリカゲルに修飾したカラムを開発した。グルコース化脂質に対する精製効果を、標準品の吸着量と素通り量を指標にして、選択的補足率と回収率をもとに性能を評価した。3)脳内酵素不活性化装置が不安定な生理活性脂質の調製に有用かもしれない仮説をもとに、マウスの脳に含まれるホスファチジルグルコシドの回収率を評価し、脂質の死後分解を検証した。
今後は2)精製法の確立、4)LC-MSシステムの高感度化、5)神経発生過程におけるグルコース化脂質の変動解析、6)脂質代謝異常疾患における脂質変動を明らかにする。BB修飾カラムによる精製では、必ずしもグルコース化脂質だけを選択的に補足できるとは限らず、ヘキソース化脂質全般を補足する可能性がある。今後、初期溶媒に水を加えることや多段階溶出を行うなど、最適化に向けてプロトコルの改良を講じる。4)高感度性能を有することで知られている三連四重極型質量分析計(QTRAP6500)を用いて高感度化する。順天堂大学 岩渕和久博士との共同研究として行う。QTRAP6500はQTRAP4500に比べて10倍以上高感度分析できることから、更に微量成分のモニタリングが可能になると期待している。5)ホスファチジルグルコシドの発現は胎生中期で強く認められ(E13.5)、胎生後期(例えばE18.5)には劇減する。コレステリルグルコシド(betaCG)の発現量と時期は不明のままである。GlcCerは胎児時に高発現し、生後まもなく減少する。他の複合糖脂質群のデータも報告されているが、そのほとんどは胎生中期以降のデータに限られる。その原因は、胎生前期の胎児はサイズが小さいため取り扱いが難かったからである。今後は物量を回収できるニワトリの卵を用いてグルコース化脂質の変動を解析する。6)グルコース化脂質関連遺伝子の変異株におけるリピドミクスを行う。betaCGの生合成にはグルコセレブロシダーゼ、GlcCerの生合成にはUGCG、ホスファチジルグルコシドの機能発現に関わっている因子やレセプターもわかってきた。今後は肥満などの病態モデルを用いてグルコース化脂質の生物学的意義について明らかにする。
計画していたグルコース化脂質の精製法開発が予定通り上手くいかず、その代替案として親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)の最適化に労力をさいた。HILICに関連する消耗品は事前に購入してこともあり研究費を節約することができた。申請者はまた平成29年度から理化学研究所から藤田保健衛生大学に異動して本研究計画を継続することになった。研究を異動先で初期セットアップすることを想定して、予算を可能な限り残したことも繰り越した理由の一つである。
次年度使用額が生じたことにより変更した研究計画は、4)LC-MSシステムの高感度化、5)神経発生過程におけるグルコース化脂質の変動解析、6)脂質代謝異常疾患における脂質変動などである。BB修飾カラムの開発は上手く行かなかった場合の対策を中心に予定通り行う。4)高感度性能を有することで知られている三連四重極型質量分析計(QTRAP6500)を用いてシステムを高感度化する。5)ホスファチジルグルコシドの発生過程における発現をニワトリの卵を用いて量的変動を解析する。6)グルコース化脂質関連遺伝子の変異株のリピドミクスを行う。CGの生合成にはグルコセレブロシダーゼ、GlcCerの生合成にはUGCG、ホスファチジルグルコシドの機能発現に関わっている因子やレセプターもわかってきたので、その遺伝子破壊試料を解析する。特に今後は肥満などの病態モデルを用いてグルコース化脂質の生物学的意義について検討を加える。
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Hum Mol Genet. 2015 Dec 1;24(23):6675-86
巻: 24 ページ: 6675-6686
10.1093/hmg/ddv372
Oncotarget.
巻: 6 ページ: 12529-42