研究課題/領域番号 |
15K19147
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
柴原 真知子 京都大学, 医学(系)研究科(研究院), 助教 (40625068)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 医学教育 / 入学者選抜 / 教育格差 / Widening Participation |
研究実績の概要 |
本研究は、教育格差が認められる現代社会において、その格差が医学部入学者の学習経験にどのように反映され、医師としての自己形成プロセスにどのような影響を与えているかの解明を目的とする。日本だけでなく、医学部入学者の格差問題に積極的に取り組み始めた英国でも調査を行い、教育格差の医師養成への課題を把握するとともに、課題克服に向けた教育的方策についても明らかにする。 初年度である本年度は、日本と英国における教育格差に関する先行研究の到達点と課題を把握することに努めた。日本の戦後教育政策は質と量の両面で均質的な教育を提供することで「教育機会の均等」を実現しようとしてきたが、一方でその画一性が批判されてきた。個別性と選択度の高い教育がもとめられ、学校選択制や週5日制などが背景に激しい受験競争が展開され、家庭や地域によって子どもの学習機会や学習意欲などに格差が生じている。これらの課題を指摘する先行研究の多くは底辺層に焦点を当てたものであり、学力上位層である医学部入学者への影響についてはほとんど明らかとされていない。 英国でも一部の経済的社会的階層から医学部への入学者が突出していることが明らかにされている。本年度の文献調査から、これらの医学部入学者の格差についての調査研究が2010年以降は増加傾向にあることが確認された。英国では、全国医学部長会議(Medical School Council)や英国医事委員会(General Medical Council)などが中心となり全国規模での実態調査が行なわれているとともに、Widening Participationと呼ばれる医学部入学者多様化の取り組みが各医学部で進められている。 以上の先行研究の到達点と課題、英国での動向については日本医学教育学会、日本プライマリケア連合学会などで発表し、医学教育者や医学部教員らと協議し課題を共有した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の作業は、日本及び英国での教育格差に関する文献や報告書などの資料収集と、調査結果についての学会での発表と医学教育者らとの討議が中心となった。これらの作業から、それぞれの国における教育格差についての研究及び実践的取り組みの現状と課題が把握できた。特に日本は戦後教育政策で教育の質と量の両方での平等を目指したが、不況や就職氷河期などを背景に人々の間で公教育に対する不安感が高まり、受験競争の過熱と格差が生じるに至っている。現時点で、日本の医学部入学者を対象とした調査研究はほとんどないが、医学部入学者は、選択性と個別性の高い教育を受け、比較的均質的な生活・学習空間のなかで医学部進学についての判断・決定をしてきたのではないかと考えられる。判断材料やプロセスと、意欲、学習に対する姿勢や前提的認識との関連への理解は、卒前医学教育での教育方策やカリキュラムを検討するにあたり重要であると考えられ、今後、さらなる調査・分析を行う必要がある。 英国での調査からは、医学部入学者に見られる格差の実態だけでなく、各医学部での入学者選抜試験を中心とした格差是正・多様化政策が進められていることが明らかとなった。特に、1990年代から英国では卒後医学教育改革に着手し、伝統的能力観の批判的検討と新しい能力観の検討・議論が行われてきた。2010年からは特に、教育格差の意欲形成や進路決定プロセスへの影響に注目し、中等教育機関と連携しながら新しい取り組みを展開している。現在では、ほとんどの医学部が医師をあまり輩出していない地域と連携し、医師として重要な能力と指摘される「省察(reflection)」や他者との協働、課題基盤型学習などに触れる機会の提供に取り組でいる。今後はこれらの実践についてフィールド調査を行い、格差是正や多様化政策がどのように機能しているかを明らかにする必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
来年度の研究については、①日本の教育格差と医学部入学者の学習経験に関する論文の執筆、② 英国における文献調査及びフィールド調査、② 調査結果についての医学教育者や医学部教員らとの研究協議を中心に進める。① については、昨年度は学会発表に留まったため、今年度はそれらをまとめて活字化する。全国規模での調査などは限られているものの、これまでの先行研究を整理し、日本版の教育平等観への批判的意識から台頭した個人化された学習環境と教育格差が、医師養成にどのような影響を及ぼしているかを論じ、今後の調査の土台としたい。②については本年度の調査で医学部での格差是正と多様化に取り組む組織機関と実践概要が明らかとなった。それを受けて、今年度はこれらの実践についてフィールド調査を実施し、どのようなアプローチや学習方法論で格差是正・多様化に取り組んでいるのか、医師養成という文脈での課題は何かなどに付いて参与観察及びインタビューで明らかにする。③ これらの調査結果については学会や論文として発表するだけでなく、医学部や病院で医学生の指導・教育に当たる実践者らの意見を得る機会をつくり、日本における独自の課題や可能性の検討を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度の予算については研究計画通り旅費や物品費に使用したが、購入予定であった一部図書の発注が遅れたため、繰越金が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
平成28年度繰越金である15,479円については、図書購入に充てる。
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