最終年度である本年度は、これまで遅れが生じていた文献調査を強化するとともに、第一の薬箱内容生薬についてのより詳細な検証と、蒐集したデータの統計学的解析を行った。 ①洪庵壮年期使用の薬箱内容物のうち「土茯」「莨根」について基原植物のより詳細な検証を行った。「土茯」については、大阪大学所蔵生薬標本との形態比較や医療文献の解析より基原植物がケナシサルトリイバラSmilax glabra Roxburghであると推定した。また、晩年使用の薬箱にもその製剤と思われる「莨越」等関連薬品が確認されている「莨根」についても医療文献の網羅的調査により基原植物の考察を行った。②洪庵の医療実践の解析を行う上で重要な洪庵関連資料のうち、「適々斎薬室膠柱方」について調査を行った。現在、4種の写本の存在が知られており、特に杏雨書屋所蔵分と中津市の村上医家史料館所蔵分について調査を行った。村上医家史料館ではこの他にも洪庵関連と思われる『家塾虎狼痢治則』等についても同時に調査を行った。③当時の流行感染症への治療戦略について検証するため、当初、大坂の鈴木町代官役所から出された、コレラに対する治療方法とその結果報告を求めた触書への返答から、統計学的検証を行う予定であった。この直接的な資料の発見には至らなかったが、大阪市史編纂所等所蔵資料から、コレラの治療や罹患者数等についての記述の探索・蒐集を行った。④これまでに調査を行った大阪大学所蔵標本類と東西の医療文献、および洪庵壮年期使用薬箱について、日本薬局方収載生薬類の有無をデータ化し、コレスポンデンス分析を行うことで、洪庵の薬箱収載生薬には東洋と西洋、それぞれ背景をもつ生薬がバランスよく含まれていたことを示した。このことから、洪庵が日本の伝統的な漢方と当時の最新知識である蘭方双方の医療知識を駆使し、治療にあたったと推察した。
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