がん細胞の特徴的な代謝変化はヒストン修飾等のエピゲノム変化により実現する可能性が報告されている。逆にエピジェネティック薬を活用してがん代謝を調節できるかもしれない。前年度までに腎細胞がんに対するスニチニブ(SU)耐性化に対してhistone deacetylase (HDAC)阻害薬のトリコスタチンA(TSA)がSU感受性を高めることを確認したが、H28年度は主にメタボローム解析を中心に検討した。まず細胞内代謝物の一斉分析を行い、多変量解析を行った。非腫瘍細胞であるHK-2と腎細胞がんの786-Oとで比較したところ、intactな状態では明らかな代謝組成の差異がみられた。786-OにおいてはTSA曝露によってその濃度依存的に代謝組成が変化した。すなわちTSAは全体的な傾向としてはがん細胞に多い嫌気的な代謝からミトコンドリア依存性の酸化的リン酸化の向きにシフトさせた。ミトコンドリア酸化的リン酸化の寄与をcomplex I阻害剤(metformin)によって確認したところ、TSAとの併用効果をみとめたSUの増殖抑制は有意に減弱した。一方、このようなTSAの作用が、TSAにより発現制御を受ける遺伝子変化とどのように関係するのか確認するため、786-OのTSA曝露後のトランスクリプトーム解析とメタボローム解析の結果を比較した。発現が5倍以上変動した遺伝子群の中で代謝に関係する因子は11遺伝子に絞られ、その中でエネルギー産生に関わるミトコンドリアクレアチンキナーゼ(mtCK)に着目した。mtCKはTSAで20倍程度上昇していた。RNAiによりmtCKをノックダウンし薬物感受性への影響を確認したところ、やはり併用による増殖抑制作用が有意に減弱した。以上の結果より、TSAはがん細胞の代謝を調節し、このような代謝変化がSU感受性増強作用の一機序となることが確認された。
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