研究課題
胃癌腹膜播種性転移は胃癌の転移形式で最も多く予後不良であるが、そのメカニズムについては不明な点が多い。われわれは、胃癌腹膜播種モデルマウスと200例の胃癌臨床検体から得られたオミックスデータ(エキソームシークエンス、遺伝子発現アレイ、SNPアレイ、メチル化アレイ)を統合的に解析した。その結果、「腹膜播種陽性胃癌細胞特異的」に高頻度に生じる変異や、有意に高発現な遺伝子シグネイチャーが存在する事を明らかにした。まずわれわれは、その変異遺伝子の内ECMシグネイチャーに含まれるDDR2に着目して研究を進めた。DDR2のノックダウンにより、胃癌腹膜播種モデルマウスにおいて播種の形成は有意に抑制された。さらに、DDR2がc-Srcの上流に存在する遺伝子であることに注目して、胃癌腹膜播種モデルマウスにSrcインヒビターであるダサチニブを投与したところ、同様に播種の形成は有意に抑制された。すなわち、上記の統合解析で得られた遺伝子群は信頼出来うるものであることが確認できた。われわれの以上の研究内容は、Scientific Reportsにアクセプトされている(Kurashige J, et al: Sci Rep, 2016)。胃癌腹膜播種に対する標準的な治療が確立されていない中、真の治療法の確立が待たれている。胃癌患者が将来的に腹膜播種になる事を予測する事や、腹膜播種を生じても早期に発見する事はもちろん重要な事である。しかし、われわれは腹膜播種を生じた後の真の治療法の確立をメインの目標とし、上記の統合解析で得られた遺伝子にターゲットを絞り現在研究を進めている状況である。
2: おおむね順調に進展している
統合解析で得られた遺伝子リストの内、治療標的分子として現在われわれが注目している遺伝子はFGFR1である。FGFR1のゲノム異常は乳癌や肺癌、前立腺癌、神経膠芽腫など多くの悪性腫瘍で報告されており、FGFR1は腹膜播種において重要なEMTに関連している事が知られている。さらに、FGFR1の阻害剤(PD173074)は既に存在し、いくつかの研究で使用例が報告されている。FGFR1ゲノム異常の胃癌腹膜播種における役割は明らかにされておらず、またFGFR1阻害剤が既に存在する事から、DDR2の次の治療標的分子としてFGFR1に注目した。臨床検体において、FGFR1高発現群は低発現群に比べて予後不良、FGFR1高発現群は低発現群に比べて有意に腹膜播種の頻度が多かった。公共データベースベースを用いたGSEA解析で、FGFR1発現とEMT関連遺伝子は正の相関を認め、FGFR1ノックダウン腹膜播種性高転移細胞株を作成した(shFGFR1)(CRISPR/Cas9システムによるノックアウトは現在進めている。FGFR1ノックダウンにより、腹膜播種性高転移細胞株増殖能・浸潤能の有意な低下を認め、PD173074投与により、腹膜播種性高転移細胞株増殖能の有意な低下を認めた。
以上の公共データベース・in vitroの実験結果から、FGFR1は胃癌腹膜播種のドライバー遺伝子である事が示唆され、治療標的分子として有望であることが判明した。今後はin vivo実験を進め、さらなる検証をすすめたい。詳細は以下の通りである。(1)胃癌腹膜播種モデルマウスにおける、FGFR1ノックダウンによる播種抑制効果の確認。(2)胃癌腹膜播種モデルマウスにおける、PD173074投与による播種抑制効果の確認。並行して、統合解析で得られた他の遺伝子についても同様の研究を進め、胃癌腹膜播種における真の治療標的分子の同定を行っていく。さらに、われわれが得意とする数理統計学的解析を駆使し、オミックスデータを用いた「胃癌の進化機構」についても明らかにしていく。
次年度消耗品購入のため。
28年度の実験消耗品を購入予定。
すべて 2016
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)
Sci Rep.
巻: 6 ページ: 22371.
10.1038/srep22371