研究課題
本研究は動脈圧反射障害に起因する血圧調節失調(それによって引き起こされる心血管イベント)を治療・予防する、バイオニック圧受容器システムを実用化するための基礎研究である。先に提出した研究計画書には1.植え込み型バイオニック圧受容器の開発、2.圧反射不全モデルラット(覚醒)の確立、3.モデルラットにおけるバイオニック圧受容器の検証試験が段階的目標として記載されている。1.植え込み型バイオニック圧受容器の開発:当初は完全植え込み型のデバイスを機器工作メーカーに発注する予定であった。しかし、作成に大幅な時間を要し、調達コストが超過するリスクがあること、後の機器調整に柔軟性がないことから、神経刺激装置+制御器はシーベルを用いて外部PCと接続し制御するほうが柔軟かつ迅速に開発を進められると判断した。平成27年度前半にこの半植え込み型デバイスを完成した。一方、大動脈減圧神経を慢性的に刺激する手技、電極の確立は困難を極めた。ラットの大動脈減圧神経は数100μmほどの直径であり、自由に動く覚醒したラットで神経損傷を起こすことなく神経を長期間刺激することは極めて困難であった。この手技はいうまでもなく世界でもいまだに確立していない手技であるが、平成27年中期までにこれを確立した。2.研究計画書で予定した通り、片側は圧反射にかかわる神経を除神経し、神経刺激電極を設置する対側は総頚動脈を結紮することで、圧反射不全をもつ覚醒モデルラットが再現され、血圧の長期記録によりモデルが検証に耐えることをすでに確認している。3.2で確立した圧反射不全モデルラットに1で開発したバイオニック圧受容器を用いることで、血圧調整失調が回復することを平成27年度後半に確認している。尚、この試験は試験前段階を終え、平成27年度末から本試験に着手している。
1: 当初の計画以上に進展している
当初の計画では1.完全植え込み型圧受容器デバイスの開発2.圧反射不全モデルラットの確立3.開発した圧受容器デバイスをモデルラットで検証の3点が計画されていたが、平成27年度において1~3までの計画すべてが完遂されている。3についてはさらに試験数を増やして統計学的に確実な結果を示す必要性があるが、これまでの前試験において、バイオニック圧受容器デバイスが動脈圧反射機能を回復できる印象をもっている。1.については完全植え込み型デバイスを開発する予定であったが、半植え込み型デバイス(制御部分は体外に設置)への変更をおこなったものの、覚醒ラットで使用可能であり、達成しようとする研究目標には影響を与えない。また、大動物や臨床研究へ移行する際にはこの研究で得られた機器設定を完全植え込みデバイスに移植するだけであるため、将来の実現可能性にも全く悪影響はない。この研究計画の変更によってデバイス開発の柔軟性やデバイス作成時間の短縮が得られ、平成27年度全体の研究スピードを加速させたため、妥当な判断であったと考えている。
平成27年度は当初の計画を上回るスピードで研究を実行することができ、現段階で予想通りの成果が得られている。平成28年度には確立したデバイスおよびモデルラットを用いたバイオニック圧受容器の検証結果をより堅実なものとするため、統計学的に裏付けの得られるだけの試験数を行う予定である。すべての検証試験が終わった段階で学会発表および論文作成を行う。それと並行して知財を確保するための特許出願、取得を行う。これらのタスクに係る技術的障害は現段階でみあたらない。一方、本研究が将来に見据える最終目標はバイオニック圧受容器の実用化、製品化である。そのためには本デバイスが動脈圧反射機能を回復させることのみならず、それによって心血管イベントを予防できること、すなわち臨床的アウトカムを改善することを示す研究が、重要である。期間内にすべての計画を完遂できた場合、今回開発したバイオニック圧受容器デバイスにより心血管イベントを発症する圧反射不全モデルで心血管イベントの発症抑制ができること示す研究を追加する予定である。現在、想定している研究としては1.冠動脈結紮で心筋梗塞を作成した易心不全発症モデルラット2.自然脳梗塞発症モデルとして用いられるSHRSPラットの2つのモデルであり、これらに今回の研究で確立した圧反射不全手術を付加して、1では心不全、2では脳梗塞発症率が増加すること、それがバイオニック圧受容器デバイスによって治療できることを検証する実験系などを想定している。これらの研究にはいまだ着手していないが、いずれの病態モデルも我々の施設で使用実績があるためモデルの作成・入手に障害はない。
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