研究課題
統合失調症は世界的に有病率約1%のありふれた疾患であるが、その生物学的基盤は明らかでなく、診断や治療は症状と経過に依存している。本研究の目的は、統合失調症の病態機序におけるMIFの役割を明らかにし、治療標的やバイオマーカーとして臨床応用へ展開するための研究基盤を確立することである。今年度のヒト臨床サンプルを用いた実験としては、統合失調症患者群及び対象群の末梢血を用いた既知のMIF遺伝子機能的多型(SNPおよびマイクロサテライト)の関連解析のサンプル数を追加した。前年度と併せ、患者約1600例と健常対象者約1600例関連解析を行ったところ、発症年齢と性別によるサブグループ解析で有意な結果を見出した。さらに患者群及び対象群の死後脳前頭前野におけるウエスタンブロッティング法を用いたMIF蛋白発現解析を進めている。また患者および健常者由来iPS細胞の樹立と長期培養維持継代も継続して行っている。今年度の動物を用いた実験としては、新生仔C57BL/6マウス皮質から樹立したアストロサイト各種の抗精神病薬を処置し、MIFの有意な発現増加をmRNA(Q-RT-PCR法)及び培地中蛋白(ELISA法)において見出した。新生仔マウス海馬から樹立した神経前駆細胞を用いて、MIFによる増殖・分化・生存といった細胞表現型に来す変化を解析した。増殖についてはFACSを用いたBrdUアッセイ、生存(抗アポトーシス)についてはFACSを用いたTUNEL法で評価したが、現在のところ有意な結果は認めていない。またMIFの神経系細胞への影響をさらに調べるために、マウス海馬由来ニューロンの初代培養系も立ち上げた。
2: おおむね順調に進展している
① MIF遺伝子多型関連解析を、患者群・健常群各1600例を用いて行った。全体では有意な関連を認めなかったが、サブグループ解析においては、若年発症の女性の統合失調症群で有意にリスクまたはプロテクティブに関連する遺伝子多型を見出した。② 末梢血のMIF蛋白発現解析により、患者群で健常対照群に比べMIF濃度の有意な高値を見出した。さらに抗精神病薬投与量との有意な正の相関を見出した。③ 新生仔マウスから、アストロサイト、神経前駆細胞およびニューロンの初代培養系を立ち上げ、現在安定して細胞培養を行っている。アストロサイトにおいて、各種の抗精神病薬を処置による有意なMIF発現増加をmRNAおよび蛋白レベルで見出した。MIF発現に関与するシグナル伝達経路の解析を進めている。ニューロンにおいても、抗精神病薬によるMIF発現変化の解析を進めている。神経前駆細胞においては、MIF処置による表現型(増殖、生存、分化)の解析を進めている。④ヒト由来iPS細胞の樹立と維持培養、集積を継続して行っている。
最終年度は、ヒト臨床サンプルを用いた実験としては、死後脳前頭前野におけるMIF蛋白発現を患者群約20例と対象群約30例についてウエスタンブロッティング法で解析する。動物を用いた実験としては、これまでに見出したアストロサイトにおける抗精神病薬によるMIF発現増加のシグナルを調べるため、候補転写因子およびその阻害剤の影響も併せて解析する。ニューロンについても抗精神病薬によるMIF発現変化を解析する。神経前駆細胞については、MIFによる増殖・分化・生存といった細胞表現型の変化の解析をさらに進める。増殖、生存(抗アポトーシス)に加え、分化についてTuj1やGFAPなど各細胞腫特異的なマーカーを用いた免疫染色により評価する。また、ヒトiPS細胞については、現在、患者群と健常対象者群の集積を進めている。今後、作成したiPS細胞をニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトに分化させ、これらの過程において、mRNAおよび蛋白でのMIF発現レベルの確認、細胞増殖測定、および各細胞の特異的マーカーによる免疫染色を行い、MIFの分化・増殖能および形態学的変化に与える影響を解析する予定である。特にニューロンにおいては、樹状突起・スパイン密度の計測や各種のプレシナプス・ポストシナプスマーカーによる免疫染色を行い、MIFのシナプス形成に及ぼす影響を解析する。統合失調症はありふれた疾患であるが、生物学的機序の解明は遅れている。MIFは、統合失調症との関連についてはこれまでにほとんど報告がないため、本研究を遂行できれば、統合失調症の生物学的解明に大きく貢献できるはずである。
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