研究課題
研究計画立案当初、ストレス因性の脳内反応物資であるATPの制御がストレスに基づく脳内炎症発症の予防に有効であると考え、ATP放出への関与が想定される脳内グルタミン酸放出の制御を目的として研究を始めた。しかしながら、うつ病の発症と関連する様々な危険シグナル(例えば高血糖や尿酸結晶)がNLRP3で感知されること、また2015年に生体内因性物質であるbeta-hydroxybutyrate(BHB)がNLRP3の活性化を阻害することが明らかになり、NLRP3を直接制御することがストレスによる脳内炎症発症に対する根本的なアプローチになると考えた。そこでまずBHBを末梢投与した際の行動変化を確認した。その結果、慢性ストレスモデル動物においてBHBの慢性投与は、慢性ストレスによって引き起こされるうつ病様の行動を対照群に比べて有意に改善することが明らかになった。BHBは飢餓時に生体内で産生されるケトン体の一種で、BHBは血液脳関門(blood-brain barrier: BBB)を通過し脳への栄養供給に寄与している物質である。これまで研究を行ってきたP2X7受容体阻害剤のBBBの透過率が約3割程度と言われる中、BHBの末梢投与は1) BHBが元来生体内物質であること、2) BBBを容易に通過すること、からより臨床応用に適応しやすいものと考えられ更に研究を進めた。まずBHBが脳内に移行していることを確認するために末梢投与における脳内BHB濃度を測定したところ、確かに脳内で濃度が上昇していることが確認できた。またBHBが脳内で働いていることを確認するために、ストレス負荷時の脳内インターロイキン1beta(IL-1beta)濃度を測定したところ、ストレスによって上昇するIL-1betaがBHBの投与により完全に抑止されることが確認された。従って末梢に投与したBHBは脳内でNLRP3の活性化を抑制することでIL-1betaの放出を抑制し、脳内炎症を制御することでうつ病様の行動変化を改善させていることが想定された。
2: おおむね順調に進展している
本研究テーマの前半部分である「ストレスが脳内炎症を介してうつ病を誘発する機序の解明」については、1) ストレスは脳内でATP濃度を上昇させ、2) P2X7受容体に認識される(これはP2X7受容体阻害剤投与により、その後の変化が完全に抑止されたことで確認された)、3) P2X7受容体の作用によりNLRP3が活性化され(ストレスによってNLRP3インフラマソームが形成されることを共免疫沈降-ウエスタンブロット法により確認した。この変化はP2X7受容体阻害剤の投与で完全に抑止された)、4) IL-1betaを放出し(この変化もP2X7受容体阻害剤で完全に抑止された)、5) うつ病様の行動変化をきたす(同様にP2X7受容体阻害剤で抑止された)。これらの現象はBiological Psychiatry (2015)に論文として掲載された。また研究テーマの後半部分である「新たな治療法の開発」については、「研究実績の概要」で示したように、当初予定していたATPの放出から、NLRP3の直接的な制御に方針を切り替え、現在一定の成果を得ている。そのため、現在までの進捗状況は概ね順調に進展していると評価している。
BHBはNLRP3の活性化阻害剤であり、これまでBHBがNLRP3経路の下流に位置する脳内IL-1betaの放出を制御することは明らかになったが、NLRP3自体を制御しているかどうかは未だ確認していないため、共免疫沈降-ウエスタンブロット法により確認する。またBHBの末梢投与は、脳で働いていることは確認できているものの、末梢で作用して行動に影響を与えている可能性も否定はできない。そのため、今後は中枢投与を行うことで脳への直接的な効果を確認する。Primetech社のmicro infusion pumpシステムを用い、BHBを側脳室内に直接、4週間に渡って投与し、その際の行動変化、及び脳内物質の変化を確認する。ただし側脳室内投与という方法は、脳内のどの部位に作用しているのか同定することができない。そのため現在免疫染色法を用いて、脳内のどの部位にNLRP3が存在しているのか、またストレス、あるいはBHBの投与により、脳内のどの部位でNLRP3の活性化が変化するのか確認を行っている。それにより、ストレスによって影響を受けて脳内炎症を起こす部位が同定され、またBHBが主に作用する部位を評価することができるものと考えられる。
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Nature Reviews Neuroscience
巻: 未定 ページ: 未定
(accepted)
Biol Psychiatry
10.1016/j.biopsych.2015.11.026.