研究課題/領域番号 |
15K19754
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
江崎 加代子 国立研究開発法人理化学研究所, 脳科学総合研究センター, 訪問研究員 (20744874)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 精神疾患 / セリン / スフィンゴ脂質 / 脂質生化学 |
研究実績の概要 |
スフィンゴ脂質の合成はセリンパルミトイル転移酵素(SPT)によるL-セリンとパルミトイルCoAの縮合反応から開始されるが、近年、SPTの変異による基質特異性の変化によって、L-セリンではなくL-アラニンやグリシンと縮合した神経毒性を持つスフィンゴ脂質群(1-deoxy-sphingolipids: doxSL)が産生されることが報告された。従来doxSLはSPTの遺伝子突然変異によってのみ合成されると考えられていたが、私はアラニン/セリン比の上昇によるアミノ酸不均衡によって正常SPT酵素によりdoxSLが合成されることを見いだした。このことからアラニン/セリン比が上昇する疾患の病態分子メカニズムにdoxSLが関与する可能性が考えられ、現在、一部の患者で血中セリン濃度の低下が報告されている精神疾患への関与を検討している。 健常者から採取した血清および数種の採血管によって得た血漿を用いた検討により、血中のdoxSLを含むスフィンゴ脂質の測定に最適な採血条件および脂質抽出プロトコルを決定した。さらに、予備検討用の精神疾患死後脳を用いて最適な脂質抽出法を確立し、さらに死後脳および血中のdoxSLの存在を確認した。また、ヒト末梢血から末梢Tリンパ球を分離し、センダイウイルスを用いて初期化因子を導入してiPS細胞を樹立した。さらに、iPS細胞を神経幹細胞へと分化させた後、回収して脂質を抽出したところ、doxSLを検出することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
血液スフィンゴ脂質の測定条件を検討するため、血漿用のEDTA-2Na、EDTA-2K、ヘパリンおよびクエン酸添加の採血管、そして血清用の採血管における脂質抽出量の違いを検討した。すると、ヘパリンおよびクエン酸は他の採血管よりも全体的な脂質の抽出量が少なく、血清サンプルは特定の脂質(スフィンゴシン-1-リン酸:S1P)の濃度が他の採血管に比べて顕著に高かった。脂質の抽出効率はpHの影響を受けるため、ヘパリンおよびクエン酸採血管は血液pHを酸性に傾かせ、結果抽出効率が低下したと考えられる。また、血中のS1P産生源は赤血球および血小板だと知られている。血清は採取するまでに30分間常温で静置する操作があるため、その間に血小板や赤血球からS1Pが放出されて濃度が上昇したと考えられる。これらのことから脂質の測定にはEDTA-2NaまたはEDTA-2Kの採血管が適切であると考えられる。また、血液サンプルは夾雑物の影響により既存の脂質抽出法では上手く抽出できなかったため、既存の方法を改変して血液サンプルに適する抽出法を確立し、その結果、血中のdoxSLの検出に成功した。 さらに予備検討用の精神疾患死後脳を用いて既存の脂質抽出法が適するかを確認し、さらに予備検討用のサンプルを用いた実験でdoxSLの存在を確認した。また、健常者の血液から末梢Tリンパ球を分離し、センダイウイルスを用いて初期化因子を導入してiPS細胞を樹立した。iPS細胞を神経幹細胞へと分化させた後、回収して脂質を抽出し、doxSLを検出した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに予備検討用の精神疾患死後脳と健常者血液を用いて、最適な脂質抽出法の確立、さらに死後脳および血中のdoxSLの存在を確認した。そこで、次年度はヒトの精神疾患患者の死後脳(前頭葉領域)および末梢血についてdoxSLの定量を行う。また、末梢血については分画(血漿、血小板、リンパ球、赤血球膜など)についてさらなる検討を行う。所属研究室では、統合失調症、自閉症、および交絡因子についてマッチさせた対照群の血清および死後脳を、複数の部位を含めて十分なサンプル数を保有している。また、予備的結果として、健常者由来iPS細胞株から分化させた神経幹細胞でdoxSLの存在を確認した。所属研究室は、統合失調症および対照群の末梢Tリンパ球から樹立したiPS細胞株が、各群すでに10例ほどある。必要に応じて樹立数を増やし、さらに神経幹細胞に分化させてdoxSLの産生を調べる。 また、doxSLがニューロンの突起伸長を抑制するという報告はあるが、doxSLが神経系の分化にどのような影響を与えるのか明らかになっていない。そこで、健常者由来のiPS細胞をdoxSL添加条件下で神経系へ分化誘導し、doxSLの神経分化への影響を調べる。また、遺伝子発現変化などについて精神疾患患者iPS細胞由来の神経幹細胞との比較分析を行う。本研究項目では、iPS細胞やそれから分化した神経細胞の研究に精通した所属研究チームの豊島学研究員(連携研究者)のアドバイスを受ける。
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次年度使用額が生じた理由 |
iPS細胞研究の関連試薬は軒並み高価であるため、科研費を節約しながら実験を進めていた。しかし、今年度はiPS細胞を用いた実験の操作をiPS細胞研究を行っている研究員の方から学ぶという期間が多く、自分で試薬を買う機会が思った以上に少なかったため。
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次年度使用額の使用計画 |
前年度はiPS細胞、そしてiPS細胞から分化させた神経幹細胞を扱う実験スキルを習得することができた。そこで、今年度からは患者由来のソースとして、死後脳や血液だけでなく、精力的にiPS細胞や神経幹細胞などを用いた実験を進めていく。
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備考 |
九州大学のプレスリリースである。
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