研究課題/領域番号 |
15K19754
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
江崎 加代子 国立研究開発法人理化学研究所, 脳科学総合研究センター, 訪問研究員 (20744874)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 精神疾患 / セリン / スフィンゴ脂質 / 脂質生化学 |
研究実績の概要 |
代表的な精神疾患である統合失調症は、人口の約1%という高頻度で発症するにも関わらず、詳細な発症メカニズムが不明なため、十分な予防・治療法が確立されていない。統合失調症は複数の遺伝的要因や環境要因により発症すると考えられており、多くの臨床研究より脂質が疾患病理に関連する因子の一つとして報告されているが、病態と脂質代謝異常の関連や、そのメカニズムに関する詳細な研究は行われていない。統合失調症患者の一群では血中のセリン含量の減少および患者皮膚においてスフィンゴ脂質含量の低下が報告されている。このことから、生体膜に豊富な脂質の中でもアミノ酸セリン由来のスフィンゴ脂質が病態に果たす役割に着目し、精神疾患と脂質代謝に関連が見られるのかについて、精神疾患患者の死後脳サンプルを用いて検討した。まず統合失調症、自閉症および双極性障害の3群および交絡因子をマッチさせた対照群の死後脳について15例ずつ分析した。死後脳の部位としては、細胞膜に富む白質部位である脳梁、および灰白質部位であるBrodmann area 8(BA8)を用いた。 統合失調症患者死後脳のスフィンゴ脂質解析により、白質(脳梁)において疾患特異的な一部のスフィンゴイド塩基の含量低下を発見した。統合失調症患者ではMRI画像解析により白質容積の減少などの白質異常や神経細胞軸索のミエリン(スフィンゴ脂質が豊富)形成異常が報告されている。また、自閉症および双極性障害患者の死後脳において対照群と比較してBA8の一部スフィンゴイド塩基の含量増加を発見した。脳においてスフィンゴ脂質は神経細胞軸索のミエリン形成だけでなく、神経細胞の突起伸長や神経伝達物質グルタミン酸の分泌の制御に関与している。これらの知見からスフィンゴ脂質の代謝異常が精神疾患の病態発症の分子基盤に関与する可能性を見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
統合失調症、自閉症および双極性障害の3群および交絡因子をマッチさせた対照群の死後脳について15例ずつ脂質分析を行った。死後脳の部位としては、大脳の両半球をつなぐ神経細胞の軸索の束からなり細胞膜に富む白質部位である脳梁、および眼球の随意運動を制御して情動・動機づけに重要な働きを担う灰白質部位であるBrodmann area 8(BA8)を用いた。それぞれの死後脳からスフィンゴ脂質を抽出して分析を行ったところ、統合失調症患者の脳梁において対照群と比べて有意に一部のスフィンゴイド塩基の含量が低下していることが明らかになった。さらにBA8では自閉症および双極性障害患者の死後脳において疾患特異的な一部スフィンゴイド塩基の含量増加を発見した。精神疾患患者のほとんどは投薬治療を受けているため、次に投薬量とスフィンゴイド塩基含量の相関を検討したところ、弱い正の相関がみられた。そこでマウスに抗精神病薬のクロザピンを投与して投薬とスフィンゴ脂質含量の相関を検討したが、2つの間に相関は見られなかった。また、対照群よりも投薬量が多い(投薬治療を受けている)患者群においてスフィンゴイド塩基含量の低下がみられたことから、患者群の死後脳スフィンゴイド塩基含量の低下は投薬の影響である可能性は極めて低いと考えられる。これらのことから、現在までにスフィンゴ脂質の代謝異常が精神疾患の病態発症の分子基盤に関与する可能性を見出した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに述べた発見は、各群の死後脳15例ずつの解析から得られたものであり、サンプル数としては十分である。しかしさらなる確証を得るため、今年度は死後脳のサンプルサイズを拡大して(1群あたり100例程度)脂質解析を進める予定である。さらに拡大サンプルセットの死後脳試料についてスフィンゴ脂質代謝酵素の遺伝子解析(発現量および変異解析)を行い、患者特異的な遺伝子変化を明らかにする。 また、Tリンパ球由来iPS細胞(既に10株ほど樹立済み)から白質に豊富なミエリンを形成するオリゴデンドロサイトを誘導し、統合失調症患者と対照群間の形態・機能の変化を調べる。さらに、患者iPS細胞由来のオリゴデンドロサイトにスフィンゴ脂質を添加したときの細胞形態および機能への影響を調べる。そのため今年度はEhrlichらの方法(PNAS, 2017)を参考に、iPS細胞からオリゴデンドロサイト(神経細胞軸索のミエリン形成に重要)を分化誘導する系を新たに立ち上げる予定である。本研究項目では、iPS細胞やそれから分化した神経細胞の研究に精通した所属研究チームの豊島学研究員(連携研究者)のアドバイスを受ける。
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次年度使用額が生じた理由 |
各群15例ずつの死後脳の脂質分析で疾患特異的な脂質含量変化が発見できたため、次の研究ステップとしてサンプルサイズを拡大して(1群あたり100例程度)脂質解析を進める予定を立てていた。大量の試料について質量分析装置による脂質分析を行うにあたり、標準脂質、脂質抽出・精製のための試薬や消耗品、および分析カラムの大量購入が必要となることが予想され、そのための予算を確保していた。
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次年度使用額の使用計画 |
統合失調症患者および対照群について1群あたり100例程度までサンプルサイズを拡大して脂質分析および遺伝子変化解析を行う。次年度に繰り越した予算は大量の試料について脂質分析および遺伝子解析を行うために使用する予定である。
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