代表的な精神疾患である統合失調症は、人口の約1%という高頻度で発症するにも関わらず、詳細な発症メカニズムが不明なため、十分な予防・治療法が確立されていない。統合失調症は複数の遺伝的要因や環境要因により発症すると考えられており、多くの臨床研究より脂質が疾患病理に関連する因子の一つとして報告されている。そこで本研究では精神疾患患者の死後脳サンプルを用い、精神疾患と脂質代謝の関連を明らかにすることを目指している。 前年度までの解析で白質(脳梁)において統合失調症特異的な一部スフィンゴ脂質の含量変化を発見した。そこで本年度は、サンプルサイズを各群約95例まで拡大し、統合失調症患者群と対照群の死後脳白質を用いてスフィンゴ脂質代謝関連酵素の遺伝子発現変化を解析した。その結果、統合失調症患者群におけるスフィンゴ脂質代謝関連酵素の遺伝子発現変化が明らかになった。さらに、RNA-seqによってスフィンゴ脂質受容体の各サブタイプの白質における発現レベルを明らかにした後、リアルタイムPCR法で統合失調症群と対照群の白質における遺伝子発現を解析した。すると、白質で高発現している一部のスフィンゴ脂質受容体について、統合失調症患者群で有意に遺伝子発現が上昇していることを見出した。脳においてスフィンゴ脂質は神経細胞軸索のミエリン形成だけでなく、神経細胞の突起伸長やオリゴデンドロサイトの生存の制御に関与している。これらの知見はスフィンゴ脂質の受容体を介したシグナル経路の異常が統合失調症の病態の分子基盤に関与する可能性を示唆した。
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