研究実績の概要 |
脳内神経ネットワーク解析に際し,発達期および老化モデルマウス脳のスライス標本に対して集合電位記録をはじめWhole cell Patch clamp法による細胞内電流記録を行いシナプス伝達制御機構を研究した.神経細胞間の情報伝達はシナプスを介するネットワークが主要な機能構造であると考えられていたが,近年,シナプス領域外に存在する受容体の機能と特性が明らかとなり,それまで脇役であったこの領域外受容体が脳機能調節の主役となってきた.なかでもシナプス領域外GABA受容体はGABAに対する高い親和性と緩慢な脱感作特性から細胞周囲のGABA濃度センサーとして働き,持続的は電流(Tonic GABA current)を提供している.そこで私たちも実験を進め,吸入麻酔薬がこの領域外GABA受容体に対する“強い”抑制効果を報告してきた. また昨今,発達期の脳に対する麻酔薬の悪影響が警鐘されており,社会的に高い関心を集めている.本研究では実験対象を日齢7から35日幼少期のマウスを用いることで,吸入麻酔薬の脳神経細胞への影響を電気生理学的観点から観察研究した.実際の結果としては,マウス線条体MSニューロンおよびアセチルコリンニューロンのTonic GABA 電流に対し,吸入麻酔薬Sevoflurane は大きく影響していること,また,発達期の脳についてその影響度は日齢間で差を認めることが示唆された. また,Sevofluraneの効果として虚血脳に対するプレコンディショニング効果が期待されている.今回我々は前述の実験に加え,日齢35までのマウスを対象として,マウス幼若脳に対するSevofluraneのプレコンディショニング作用についての実験を行った.結果は後述の通りである.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
現在進行中の実験としては,Sevofluraneの虚血脳に対するプレコンディショニング効果についての検討を行っている.大脳基底核線条体にあるcholinergic interneuronとmedium spiny neuron(MS細胞)からwhole-cell patch clamp法を用いて細胞内電流を測定し,それぞれの細胞に対してATP存在,非存在下でKATPチャネル阻害薬であるGlibenclamideを投与,そのチャネル発現を調べた.また,人工的な低酸素状態下でSevofluraneを投与しプレコンディショニング効果を調べた. これまでの結果としては線条体にある2種類の細胞において,GlibenclamideとSevofluraneを投与したときの膜電位の差はMS細胞のほうがcholinergic interneuronよりも大きかった.すなわち,MS細胞のほうがKATPチャネルの発現の影響があると考えられた.低酸素条件下でのMS細胞の膜電位変化を調べたところMS細胞は日齢で低酸素状態への反応が異なり,日齢7では膜電位が-40mVまで脱分極するまでの時間は他の日齢(日齢14,21,28,35)よりも延長した.また,Sevoflurane投与群のほうが低酸素状態となってから膜電位が脱分極するまでの時間が延長した. 以上の成果が上がっている.
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今後の研究の推進方策 |
現在の実験対象として上記の虚血脳に対するSevofluraneのプレコンディショニング作用および,KATPチャネルを対象とした実験を行っているが,これらの成果を踏まえ,研究企画書に明記したGABAを対象とした実験についても行っていきたいと考えている. 研究方法としては今まで同様の電気生理学的手法を用い,GABA電流に対する吸入麻酔薬の影響を研究する.現在までの研究で線条体介在ニューロンを対象としたが,海馬神経細胞に対象を広げ,また,老化モデルのトランスジェニックマウスに対する同様の実験を行い,老化現象とGABA受容体との関連性,Sevofluraneのプレコンディショニング作用について検討し,術後認知機能障害との関連性を探究したい. 以上を踏まえ,臨床での安全で副作用の少ない麻酔を提供するために研究を続けていきたいと考えている.
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