我々は、これまで若年者のヒト智歯から歯髄細胞(Dental Pulp Cells : DPCs)を樹立し、DPCsが高い増殖・分化能(ステムネス性:幹細胞性)を有し、人工多能性幹細胞(iPS細胞)へ高率に誘導できることを明らかにした。しかしながら、成熟した歯牙、とりわけ高齢者から得られたDPCsは、ステムネス性やiPS細胞への誘導効率が低く、再生医療に応用するためには、更なる原因の解明と改善が必要である。我々は、未成熟歯牙と成熟歯牙から得られたDPCsの遺伝子解析から、key geneとしてSox11に注目し、歯質形成能や初期の骨分化マーカーの発現量との間に相関性があることを確認した。 そこで、本研究では、DPCsにSox11を遺伝子導入するために、レンチウイルスベクターを用いてSox11過剰発現株を作成し、分化能の向上やiPS誘導への効率化が得られるかを解析した。Sox11過剰発現株にて骨分化誘導を実施したが、アルカリフォスファターゼ活性の明らかな上昇を認めず、RT-PCRでも骨分化マーカーの上昇を認めなかった。また、Sox2、Klf4、Oct4、c-Mycの初期化遺伝子を組み合わせて導入したが、骨分化能の更なる向上は得られなかった。しかしながら、神経分化誘導をさせたところ、Sox11過剰発現株はNGFやneurotrophin3など一部の神経分化マーカーが有意に上昇し、Sox11が歯髄細胞の神経分化に関与していることがわかった。さらに、Sox11過剰発現株をiPS細胞化誘導したが、有意なiPSへの変換効率の亢進には至らなかった。Sox11は歯髄細胞において神経分化を亢進させることから、歯髄細胞による神経疾患治療に貢献する可能性が示唆された。
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