平成28年度は、開発した計算手法に基づいて原子・分子の内殻イオン化・励起状態の計算解析を行い、X線光電子分光スペクトル(XPS)やX線吸収スペクトル(XAS)との比較を行った。遷移金属元素のXASに見られるL端吸収スペクトル(2p軌道から3d軌道への励起)の計算解析ではスピン軌道相互作用の取り扱いが重要となるが、これに関しては、当該プログラムを実装した汎用量子化学計算パッケージMOLCASに内装されているサブプログラムを利用することで解決したため、本年度は、Feをはじめとする3d遷移金属元素の内殻イオン化・励起状態の実践的な計算解析にも取り組んだ。 まず分子系のベンチマーク計算として、気相中の内殻イオン化スペクトルが測定されているCO分子のO1sおよびC1sイオン化状態の計算解析を行い、実験スペクトルおよび先行研究の計算結果とも比較することで、本手法による計算結果の妥当性を確認した。次に、遷移金属元素の中でも特に難しいとされるFe原子の L端吸収スペクトルの帰属に焦点を絞り、XASスペクトルの吸収端近傍構造(XANES)の計算解析を行った。まず比較的簡単なケースとして、高い対称性をもつヘキサシアノ鉄酸イオンにおけるFe原子の2p→3d励起状態を計算し、実験スペクトルおよび先行研究の計算結果との比較を行った。先行研究では経験パラメータを利用したフィッテイングを行うことで実験スペクトルの帰属が行われていたが、本研究ではパラメータに全く依存しない形で、実験スペクトルを少なくとも定性的に再現することに成功した。そこで実験グループとも共同して、Fe錯体を含む未知試料のスペクトル解析へ本手法を応用し、高スピンFe中心に由来するXASの複雑なピーク分裂を理論計算から帰属することに成功した。
|