研究課題/領域番号 |
15K20869
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
森川 多聞 東北大学, 文学研究科, 助教 (70712280)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 宗教概念 / 科学史 |
研究実績の概要 |
申請者は、近代における宗教概念の成立と共に表出した「個人」の倫理観の有り様を、元良勇次郎(1858-1912)の宗教思想を題材とし、とりわけ「自己超越」の思想に関する史的展開の中で再評価することによって、明治大正倫理史を再検討すべく研究を進めている。 2015年度は、従来キリスト教から転向した科学的合理主義者として論じられる元良勇次郎の「宗教」観を、明治30年代の「宗教論争」における言説のなかで分析・検討し、またその「宗教」観の原点となる幕末維新期三田藩の史的状況を調査・検討した。 「宗教」を人間が自然に結合するための一つの方法とみていた元良の理解は、西欧における科学的方法論、とりわけマッハを初めとする現象学的方法論が出現し、古典物理学からの脱却が進みつつあった当時の学術的展開に影響を受けたものであり、「精神」概念へのアプローチが霊魂などの形而上的な存在から説明されるのではなく、現象学的な理解へと移り変わる過程で産み出されたものであった。 西洋学術における様々な科学分野の生誕と軌を一にする認識論的転換の中で学術的探究をすすめた元良の「宗教」観は、後に宗教学講座を開設する姉崎正治の「宗教学」定義に先駆的な役割を果たしていたと理解できる。 また以上の学術的成果の背景となった元良の社会認識のあり方は、三田藩の特殊な幕末維新期の状況と無関係ではなかった。三田藩は、藩主九鬼隆義の急進的な改革路線と維新期の混乱によって士族階級が早い段階で分解している。元良の生家である上士格杉田家も、明治初頭に帰農困窮の後、一家ぐるみでキリスト教社会での再出発を余儀なくされている。元良が平民キリスト教徒として思想形成をスタートさせたことは、「宗教」に対する認識以上に、激変する中で社会的秩序を作り出す倫理の意義を、従来の政治的価値観以外の視点から構成していこうとする動機となっていたと理解できる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
研究計画が遅れている主たる理由は、以下の三点にある。 一つ目は、精心物理学から実験心理学への西洋における心理学の学術的展開と元良の学術的到達点との関係を理解することが当初の目的であったが、その枠組みを超えてマッハからアインシュタインにいたる現代物理学形成の原動力となった科学論の展開を視野にいれて研究を進めていることがあげられる。二つ目は、調査によって元良の幼少期である幕末期三田藩の状況が、元良の言説に少なからぬ影響を与えていることが分かり、摂津地域維新期の研究を加えたことである。 以上の二点は、いずれも元良を詳細に検討するために必要な項目であるため研究計画に組み入れているが、予定外の時間をとることとなり、元良の宗教観そのものをまとめる予定であった2015年度の計画を遅らせる原因となっている。 三つめは、「宗教」と「自己超越」の思想との関連を論じるための基礎調査を行ったところ、新しい史料が発見されたことがあげられる。綱島梁川の郷里にある岡山県高梁市有漢生涯学習センター綱島梁川資料室での調査によって、近年行方が分からなくなっていた『回覧集』全七冊(梁川の周辺人物が自身の宗教的関心事を記入して回覧したもの)を見つけることが出来た。こちらの解読は進んでいないため、2015年度内に基礎調査を終わらせる予定が遅滞している原因となっている。なお、この資料解読の内容によっては、研究の対象をかえることも計画している。
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今後の研究の推進方策 |
当初の計画通り、2016年度では、元良の思想を明治後期から大正期にかけての「個人」的倫理観と照合し、連続と非連続の諸相を通史的にまとめる。この際、宗教・倫理・科学史・哲学の横断的な視角からの統合的な時代叙述を目指す。 その為にも現時点で生じている遅れを取り戻すことが、喫緊の課題である。 なお、2015年度の遅延理由になっていた新たな研究領域3点については、最終的な研究目標に資する内容であるため、具体的には以下のとおり取り扱う。①西洋科学史との関係、②維新期の三田藩の社会的状況と思想形成期元良との関係性については、横断的な叙述の際の焦点として取り入れることとし、③『回覧集』の内容については、早急に解読の上、可能であれば本年度の比較研究の対象としたい。
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