申請者は、近代における宗教概念の成立と共に表出した「個人」の倫理観の有り様を、元良勇次郎(1858-1912)の宗教思想を題材とし、とりわけ「自己超越」の思想に関する史的展開の中で再評価することによって、明治大正倫理史を再検討すべく研究を進めている。 2015年度は、従来キリスト教から転向した科学的合理主義者として論じられる元良勇次郎の「宗教」観を、明治30年代の「宗教論争」における言説のなかで分析・検討し、またその「宗教」観の原点となる幕末維新期三田藩の史的状況を調査・検討した。 2016年度は、2015年度に行った調査をまとめ、元良の思想形成期を三田藩の幕末維新期における社会的状況と合わせて考察を行い、論文(「元良の思想形成期」『〈霊性〉と〈平和〉』2号、東アジア〈霊性〉・〈平和〉研究会2017年3月)としてまとめた。元良のもつ科学的志向が、幕末の蘭学や、一九世紀中盤以降の進化論受容と密接な関わり合いがあることが明らかとなった。とりわけ、日本にいたキリスト教宣教師にとって科学論と信仰との兼ね合いが喫緊の課題であった時期に、J.T.ギュリックのような進化論を信仰とを合わせて理解しようとする人物に示唆を受けていた点を論じた。 2017年度は、1900年前後の「宗教観念」の史的展開の中で元良を位置づけることが主題であったが、明治から大正にいたる個人的な「宗教」理解が拡大しつつある時期の史的把握に努めた。具体例として、安倍能成を取上げ考察した(個別発表「漱石山脈の旅―安倍能成を中心として」文芸研究会、2017年、6月)。1900年以降定着する「個人」的宗教観―個人が感得する宗教的心性を前提とした「宗教」―が、当時の知識人層において受容される社会的、学術的背景が明らかとなった。元良の宗教理解の位置づけをするべきであったが、期間内ではまとめられなかったため、引続き研究を続けたい。
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