沿岸性海洋生物の多くは浮遊幼生期を持ち,その個体群動態・生物地理を理解するためには,幼生の分散および生態の把握が必須である.その一方で,微少な幼生を追跡することは難しく,一つの個体がその初期生活史中にどのような挙動をとるかは多くの種でほとんどわかっていない.そこで,本研究では,短期から長期のプランクトン幼生期をもつ沿岸性の有殻腹足類数種を用い,各種の遺伝子マーカーおよび幼生蛍光標識法を開発,各地域・ハビタット間のコネクティビティの検証をおこなった. 本年度は,分子実験・集団遺伝解析を中心に研究を進め,沖縄本島・石垣島・ニューカレドニア等の河川・岩礁域において,遺伝的集団構造の解析に使用する腹足類サンプルを採集した.その後,研究室に持ち帰ったアマオブネ科腹足類からDNAを抽出し,ミトコンドリア(mt)・核遺伝子マーカーによる解析をおこなった.前年度に引き続き,mtDNA COI 遺伝子の相同塩基配列を増幅し,得られた配列から系統樹・ハプロタイプネットワークを作成した結果,両側回遊性の種については,種内における遺伝的差異が極めて小さく,数千 km離れた地域間でも同一のCOI遺伝子型の共有が見いだされた.さらに,各種のマイクロサテライト解析により,日本産の各集団間における遺伝的交流の有無を検証した.STRUCTUREによる遺伝構造解析では,両側回遊性種において,小笠原諸島集団を含めた日本産集団に明瞭な遺伝的構造は確認されなかった.また,幼生殻蛍光色素付着実験のため,沖縄・宮崎で採集したアマオブネ類卵のうから幼生を孵化・成長させ,カルセイン溶液での殻体染色をおこなった.今回飼育したアマオブネ類の幼生は数ヶ月程度の浮遊期間を持つことが判明し,幼生分散能力が高いことが示唆された.
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