本研究では、向社会行動を示す動物種を対象に向社会行動とそれを支える心理特性を被験者内要因で実験的に検討し、個体差に着目することで、向社会行動の心理メカニズムを解明することを目的としている。本年度は向社会行動を促進するとされる共感的反応に関する実験的検討を実施した。本実験では、ヒトの情動がウマに伝染するか、またその伝染を親密さが促進するかを調べた。ヒト実験者(親密者または未知者)にウマの前に座ってもらい、情動の条件(喜び・中立・悲しみ)に応じた動画を3分間視聴させた。ウマにはその動画は呈示せず、動画を視聴しているヒトの自然な情動表出のみを呈示し、それを観察するウマの反応を測定した。実験は被験者内要因で実施した。もしウマにヒトの情動が伝染するなら、ヒトに対するウマの注視や接近行動は、中立条件でよりも喜び条件において長く頻繁に生じる一方、中立条件でよりも悲しみ条件において短く少なくしか生じないと予測した。また平均心拍数については、安静時に比べて悲しみ条件では増加する一方で、喜び条件や中立条件では変化しないと予測した。もし親密さがウマにおけるヒトの情動伝染を促進するなら、以上のような行動変化・生理変化が未知者条件でよりも親密者条件で大きく生じるだろうと予測した。ウマは、親密者よりも未知者を有意に長く注視する傾向を示した。ただし、その注視時間にヒトが表出した情動が影響することはなかった。また、ウマの平均心拍数には、情動の種類も親密さも影響しなかった。したがって、本実験においては、ウマにヒトの情動が伝染するという結果は得られなかった。今後は、実験手続きを修正して再検討するとともに、向社会行動に関する観察研究・実験的検討も実施し、それらの結果の比較を通じて、ウマにおける向社会行動と共感的反応との関連を検討したい。
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