平成29年度は、平成28年度に引き続き20世紀前半のエジプト地方社会における医療・衛生の制度化の実態解明に加え、地方社会における衛生問題に関して同時代の知識人が行った言説の分析を目指し、関連史料の収集と分析を行った。 年度末にエジプト・カイロにて行った調査では、国立図書館において同館所蔵の関係史料を閲覧・入手した。具体的には、イギリス占領時代と立憲王制時代にまたがる20世紀前半に出版された衛生問題全般を扱った雑誌『アル=マジャッラ・アル=シッヒーヤ』と、1930年代末に設置された社会問題省が発行した衛生に関する小冊子などである。特に後者の小冊子については、その内容・形式から判断する限り社会問題省が行った啓発活動に用いるために作られたものである可能性があり、同種の史料をさらに収集することにより、社会問題省の啓発活動の特徴を明らかにする手がかりとなることが期待される。また、知識人の言説分析に関しては、国内所蔵の同時代の雑誌『アル=ヒラール』および『アル=ムクタタフ』を閲覧、関連記事を収集した。 研究期間全体の成果としては、統計資料や年報など公衆衛生政策に関するエジプト政府刊行物を多数閲覧・収集し、エジプト地方社会における医療・衛生の制度化の実態を解明する手がかりを得た点をあげる。ただ、これらの史料はその性質上、具体性に乏しい記述が多い傾向があり、他の史料との併用が欠かせない。よって、同時代の新聞・雑誌記事を参照することにより、政府刊行物の欠を補い、個別の医療・衛生問題への接近を試みようとした。しかし、残念なことに国内はもとよりイギリス・エジプトにおける調査の過程で閲覧できた記事は、当該トピックに関する記述が極端に少なく、むしろ主な読者層でもある都市中間層が抱える医療・衛生に関するものが大半であったため、当初の目的を十分に達することは困難となってしまった。
|