本研究は、精子活性化機能を有するLipocalin2(Lcn2)の子宮粘膜からの発現制御機構の解明を進め、これにより生殖粘膜の微小環境がもたらす受精制御機構が明らかとなり、不妊症の診断・治療法開発の基礎となる分子基盤確立を目的とした。3ヵ年にわたり研究を実施し、その結果各年度において以下の主要な知見を得た。1年目)Lcn2の恒常的発現にRAG2依存性免疫細胞や常在細菌叢が関与している;2年目)Lcn2の性周期依存的発現上昇・下降には、脳下垂体ホルモンが関与している;3年目)脳下垂体ホルモン分泌を負に制御する卵巣由来分泌因子インヒビンを中和抗血清によりブロックすると、Lcn2が低値となり発現の周期性も消失する。そこでインヒビンを遺伝的に欠損したマウス(InhaKO)をCRISPR-Cas9ゲノム編集法により作製し、子宮でのLcn2の発現を調べたところ恒常的かつ非周期的な強い発現上昇がみられ、中和抗血清投与とは逆の結果をみた。一方、InhaKOマウスでは、理由は不明であるが、極めて高頻度に間質細胞由来の卵巣腫瘍が発生する。そこで、この卵巣腫瘍と正常卵巣の間でマイクロアレイ比較解析を行なったところ、卵巣腫瘍においていくつかの分泌因子の高い発現上昇を認めた。また、これらの因子の発現比較を定量PCR法にて行なったところ、20倍~30倍の強い発現上昇を確認した。これらの結果から、脳下垂体ー卵巣軸における性ホルモン制御システムは、子宮粘膜からのLcn2発現の周期性をもたらすが、恒常的発現については、RAG2依存的免疫細胞や常在細菌叢の存在が介する別の分泌因子により制御されている可能性が示唆された。
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