生体内で正しく神経回路網が形成される為の基本原理として軸索ガイダンスという概念があり、神経接着因子や神経軸索ガイダンス分子、神経活動シグナルが関わっているとされる。申請者の所属施設では、慢性期完全脊髄損傷に対する自家嗅粘膜移植法の臨床研究を2002年より行い(研究代表者:岩月幸一)、2011年に我が国の先進医療の指定を受け現在に至る。本法が施行された胸髄損傷8例中3例において、随意筋の下肢筋電図の発見を認め、1例においてはリハビリ期間の後に杖歩行が可能となっている。リハビリテーションは神経活動性シグナルによる軸索ガイダンスに相当すると考えられるが、現状では歩行可能となるまでに移植後3年のリハビリ期間を要している。これまでの当グループでの知見で嗅粘膜自体に神経幹細胞が含まれ、嗅粘膜上でのRelayneuronの新生が確認されている。申請者は、嗅粘膜移植法に付加する新規の神経伸長促進法を開発することを目標とし、脊髄損傷後の細胞膜脂質代謝の破綻に着目した。 遺伝性神経変性疾患の原因遺伝子であるPLA2G6遺伝子がコードするカルシウム非依存性ホスホリパーゼA2β(iPLA2β)は膜リン脂質のリモデリングにおいて重要な役割を果たす。PLA2G6ノックアウト(KO)マウスの脊髄損傷モデルを用いて、野生型(WT)マウスの損傷モデルと比較したところ、KOマウスでは下肢運動機能の改善が有意に上昇した。また、組織学的評価では損傷部の空隙形成および脱髄が軽減される傾向にあった。損傷部脊髄の質量分析ではリゾリン脂質がKOマウスで低下しており、損傷後の脱髄や炎症反応の惹起に関与している可能性が考えられた。 以上の結果より、嗅粘膜移植法にiPLA2βの阻害剤あるいは抗体を付加することで、手術操作に伴う正常脊髄の損傷後の脱髄や炎症反応の惹起を軽減させ、軸索伸長を促進できる可能性がある。
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