研究課題/領域番号 |
15K21175
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研究機関 | 島根大学 |
研究代表者 |
河合 美菜子 島根大学, 医学部, 助教 (50710109)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ラット / 体性感覚野 / 光学的多領域膜電位測定 / 興奮波伝播 / 末梢神経切断 |
研究実績の概要 |
我々の研究室では、独自に開発した光学的多領域膜電位同時測定システムを用い、ラット大脳皮質の体性感覚野の神経活動を解析している。このシステムにより、皮膚感覚刺激によって生じた神経興奮が体性感覚地図上の対応する一点から始まり、その後興奮波となって体性感覚野を広範囲に伝播していくことが明らかになった。本研究では、この「興奮波伝播パターン」を指標として、末梢神経切断後の初期過程の変化を明らかにすることを目的としている。初年度は尺骨神経のみ、次年度は正中神経の挫滅の急性期に焦点を当て、実験を行った。 尺骨神経挫滅(UC)または正中神経挫滅(MC)に対し、刺激位置を右前肢尺側小球として、挫滅する直前(PRE)、直後(t0)、30分後(t30)の光学記録を行った。その結果、神経挫滅後でも刺激応答が観察された。上記刺激部位は両神経の重複支配領域であるため、観察された刺激応答は、UC群では正中神経由来の、MC群では尺骨神経由来のものである。UC群において、前肢刺激を与えてから体性感覚野上に応答が表れるまでの潜時は、PREと比較してt0、t30で有意に長くなっていた。興奮の起始部における光学シグナル波形を比較すると、振幅はPREと比較してt0で有意に大きくなっていた。また、興奮波の起始部から周辺部への興奮波の伝播速度を比較すると、起始部よりも内側(体性感覚地図上の小指側)でPREと比較してt0、t30では伝播速度が有意に遅くなっていた。MC群では、上記測定項目のいずれにおいても有意な差は認められなかった。これらの結果は、大脳皮質上の興奮波伝播が皮質を構成する神経細胞同士の単純な横方向への伝播ではなく末梢からの入力に制御され、入力の消失に伴う興奮波伝播パターンの変化が末梢神経切断後の体性感覚野の再構成に影響を与えている可能性を示す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
対象とする神経を坐骨神経から尺骨神経に変更し、さらに感覚支配領域が重複している正中神経の影響も併せて観察することで、神経挫滅の急性期における体性感覚野興奮波伝播の変化をより詳細に記録することができた。ただし、当初予定していた神経挫滅後の回復期における変化に関しては、実験動物用テレメトリーシステムを用いた筋活動の記録と大脳皮質の光学記録を組み合わせるよりも、麻酔薬を用いた末梢神経麻痺からの短期間の機能回復について検討したほうが、今までの実験結果について考察するにあたり重要であると判断した。このため、平成28年度で実施する予定だったテレメトリーシステムを用いた実験を最終年度へと延期した。 尺骨神経と正中神経の挫滅による体性感覚野興奮波伝播パターンの比較は完了しており、「研究実績の概要」に書いた通りの結果が得られている。加えて、自作したカフ電極による両神経の直接刺激と皮膚感覚刺激に対する興奮波伝播パターンの違いを比較することで、末梢刺激に対する中枢神経系での情報処理方法と末梢からの入力消失に伴う変化において重要な結果を得ており、今後学会等で発表していく予定である。 新たに研究計画に加えた、麻酔薬による短期間の末梢神経麻痺およびその後の回復過程に起こる興奮波伝播パターンの変化の解析についても実験方法はすでに確立できており、平成29年度前半にはデータ数を増やし、これまでの急性期の神経切断による結果と合わせて論文にまとめる。これらの実験結果は、当初の計画よりもさらに詳細に末梢神経切断および回復後に起こる中枢神経系の変化を解明することが可能である。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度では平成28年度に新たに実施した、麻酔薬を用いた短期間の神経麻痺および回復による大脳皮質興奮波伝播の変化の解析を完了させる。その後、当初の計画通り、ラットを脱神経(DNV)、神経回復(RNV)、擬似手術(Sham)のグループに分け、神経切断後慢性期に起こる変化を解析する。計画では、テレメトリーシステムを用いて筋電図記録を実施する対象筋をヒラメ筋としていたが、尺骨神経(UN)の支配筋である尺側手根屈筋(FCU)、正中神経(MN)の支配筋である橈側手根屈筋(FCR)、そして両神経の二重支配を受けている深指屈筋(FDP)の3種類の屈筋に変更する。具体的には、UN-DNV、-RNVグループではFCUおよびFDP、MN-DNV、-RNVグループではFCRおよびFDP、Shamグループでは全ての筋を対象筋として両側のEMG同時記録を実施する予定である。 ヒラメ筋と比較して、新しく対象とする筋はいずれも体積の小さい筋であるため、テレメトリーシステムを使用してEMGを記録するにあたり電極の配置等を精査する必要がある。また、Shamグループにおいて、EMGの両側同時記録を行う筋を1種類ずつ、または3種類同時に分けて実験を行い、電極を装着すること自体が体性感覚野興奮波伝播パターンに影響を及ぼさないことを明確にした上で、DNV、RNVグループの実験を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
光学記録の実験手法を見直すことで、膜電位感受性色素の濃度を0.4 mg/ lから0.1 mg/ lに大幅に削減することができたため、当初予定していた色素購入量より実際の購入量が少なくなった。加えて、当該年度に購入予定であった慢性実験テレメトリーシステムの購入を次年度に見送ったため、繰越金が発生した。
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次年度使用額の使用計画 |
現在使用している膜電位感受性色素とは別の色素、および専用の励起光フィルタ、蛍光フィルタの使用を検討している。この新しい色素の導入は試験的にはすでに成功しており、現在使用している色素よりも安価で入手も容易であるため、さらなる経費削減につながる。しかし、新しい色素に対応したフィルタについて、市販品の形状では独自開発した光学的膜電位測定装置で精度の高い実験を行うには不適合であるため加工する必要がある。また、本来購入予定であったテレメトリーシステムに加えて暗視カメラ本体および周辺機器の購入を検討している。ラットの実際の動作とテレメトリーシステムによるEMG記録の解析を組み合わせることで、慢性実験のデータをより正確に評価することが可能となる。 このため、フィルタの加工代とテレメトリーシステム・暗視カメラの購入資金に繰越金を充てる予定である。
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