我々の研究室では、独自に開発した光学的多領域膜電位同時測定システムを用い、ラット大脳皮質の体性感覚野の神経活動を解析している。このシステムにより、皮膚感覚刺激によって生じた神経興奮が体性感覚地図上の対応する一点から始まり、その後興奮波となって体性感覚野を広範囲に伝播していくことが明らかになった。本研究では、この「興奮波伝播パターン」を指標として末梢神経切断後の初期過程の変化を明らかにすることを目的としている。最終年度は、局所麻酔薬を使用した同一個体内での末梢神経麻痺および麻痺からの回復モデルを使用し、実験を行った。 尺骨神経に対し、リドカインを使用して一時的に麻痺を起こし、麻痺による感覚遮断状態とその回復後急性期の体性感覚野興奮波伝播パターンの比較を行った。刺激位置は右前肢小指球とし、麻痺する直前(PRE)、麻痺から5分後(UA5)、30分の回復時間後(UR30)で光学記録を行った。その結果、刺激を与えてから体性感覚野上に応答が表れるまでの潜時は、PREと比較してUA5で長くなったが、UR30でPREと同程度の値に戻った。また、興奮波の起始部から周辺部への興奮の伝播速度を比較すると、後内側方向(体性感覚地図上の小指側)でPREと比較してUA5で速度が有意に遅くなっていたが、UR30では後内側方向および前外側方向(親指側)でPREの値を有意に上回った。尺骨神経麻痺時の変化は、尺骨神経挫滅の結果と類似していたが、麻痺からの回復後に観察された変化は体性感覚地図上で正常時よりも過剰な興奮が起こったことを示唆した。これらの結果は、大脳皮質上の興奮波伝播が皮質を構成する神経細胞同士の単純な横方向への伝播ではなく、末梢からの入力に制御され、入力の消失および回復に伴う興奮波伝播パターンの変化が末梢神経切断後の体性感覚野の再構成やアロディニア等の感覚異常を引き起こす可能性を示した。
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