近年、有機化合物中に遍在する炭素-水素結合を直接官能基化する反応が精力的に研究されている。本研究では、炭素-水素結合活性化反応においてこれまで注目されてこなかったモリブデンを触媒として用いる直接変換反応を開発し、既存反応には見られないモリブデンに特徴的な反応性を見出すことを目的としている。本年度は、モリブデン-キノン触媒による、カルボニル化合物の脱酸素およびC(sp3)-HもしくはC(sp2)-H結合切断を伴う分子内環化反応の反応効率向上と基質一般性調査に取り組んだ。前者の反応において、ピペリジニル基のように隣接する窒素原子をもつメチレン炭素のC(sp3)-H結合切断を経る場合に、最も効率的に反応が進行することがわかった。ジメチルアミノ基やシクロヘキシル基の炭素が反応点となるカルボニル化合物では反応効率が大きく低下した。カルボニル化合物としては、芳香族ケトン、脂肪族ケトン、アルデヒドの順に収率よく反応は進行し、アミドやエステルを用いた場合は環化生成物は得られなかった。後者の反応では、電子豊富なアリール基のC(sp2)-H結合切断を伴う反応がより円滑に進行することがわかった。実験研究と併行して、鍵となるモリブデン-キノン触媒をモデルに用いたDFT計算を行ったところ、本反応は炭素-酸素二重結合切断によるカルベン種生成と段階的な炭素-水素結合への形式的挿入を経て進行するという興味深い知見が得られた。
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