遺伝性疾患Wolfram症候群ではインスリン依存性糖尿病を主徴とし、これに様々な神経内分泌徴侯を進行性に合併する。疾患モデルWfs1欠損マウスでは進行性に膵β細胞が減少し高血糖を来す。分子病態として原因遺伝子WFS1の機能障害により引き起こされる小胞体ストレス及び酸化ストレス亢進が想定されているものの、β細胞不全の成因は十分に解明されていない。本課題では、Wfs1欠損マウス膵島の組織学的評価およびβ細胞の運命追跡により、Wfs1欠損β細胞は高血糖に先行して膵内分泌前駆様細胞に脱分化することを明らかにした。さらにβ細胞からα細胞への分化転換を認め、これらは病態進展とともに顕性化した。Wfs1欠損β細胞は脱分化することによりβ細胞機能不全と見かけ上のβ細胞消失を招くことで糖尿病病態を形成することが示唆された。一方、Wfs1欠損膵島では小胞体及び酸化ストレスの亢進を認め、このことと脱分化誘導との関わりが推察される。Wfs1欠損β細胞ではストレス応答分子Thioredoxin-interacting protein (Txnip)の発現が顕著に亢進しており、Wfs1:Txnip二重欠損マウスでは、β細胞量が維持されておりβ細胞脱分化が抑制されることを明らかにした。50週齢までの観察においてWfs1:Txnip二重欠損マウス全個体において糖尿病の発症が抑制された。 本課題では、β細胞脱分化が主因となり糖尿病を発症する疾患モデルを初めて明確に示すとともに、細胞内ストレスによる脱分化誘導機構に対する新規治療標的を同定した。Wolfram症候群は特異な疾患であるが、WFS1遺伝子は2型糖尿病遺伝子としても認知されており、β細胞不全の成因には共通する部分も多い。そのため、本課題の研究成果は2型糖尿病におけるβ細胞の病態理解にも貢献すると考えられる。
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