研究課題
NMR 活性な核種を磁場にさらすと、ゼーマン分裂により異なるエネルギー準位を生じる。この準位差に等しいエネルギーを持つ電磁波パルスを照射すると、2つの準位間に遷移 (共鳴) が生じるが、コイル共振器にてその後の緩和過程を電流として検出することで、スペクトルや診断画像を取得しているのが NMR/MRI の基本原理である。しかし、従来の計測では、両準位間の核スピン占有差が 1-10 万分の 1 と非常に小さく、検出されるシグナルは微弱であった。また、汎用されてきたのは、磁気回転比が最も大きな 1H (プロトン) であり、観測対象となりうる水や脂肪酸などに由来する生体内 1H が ~80 M もの高濃度であることからも、NMR/MRI における最大の弱点、すなわち「感度の低さ」が伺える。本研究の目的は、生体透過性に優れる NMR/MRI の基本原理に立ち返り、従来法が抱えている技術上の課題の克服や、その応用範囲を拡張することにある。具体的には、①従来法のシグナル感度向上、② 1H 以外の NMR 核種を応用した機能性 MR 画像の取得、③飽和パルスの利用による 1H の NMR 不活性化と、これを逆手に取ったコントラストの取得である。これらの原理に基づき、1H や 13C の化学シフトやその変化を指標として赤血球中のヘモグロビン (Hb) からの酸素放出を動的に捉えることが可能な分子プローブを創製する。具体的には、a. ヘモグロビンへの結合能、b. 結合や代謝変化を追跡可能な化学シフト値 (ppm)、c. 反応直後のヘモグロビンからの酸素分子放出作用、といった機能を併せ持つ分子を創製する。すでに臨床応用されている NMR/MRI を基盤とした本研究成果をもとに、特定疾患や患部における酸素動態、血流変化などをダイレクトに可視化・定量可能な新しい計測技術の確立を最終目標とする。
2: おおむね順調に進展している
従来法の感度向上には、近年注目されている溶液超偏極法 (dissolution-DNP, HyperSense) の応用を試みた。本法では、磁場環境下において生じる 2 つのエネルギー準位間での核スピン占有差を極端に偏らせることができる。実際に、モデルプローブとして 1-13C-ピルビン酸 (縦緩和時間 T1: 40-65 秒) を用いた実験では、自然 (熱平衡) 状態よりも約 1 万倍に増強された 13C シグナルを取得した。また、本法においては、サンプル溶解直後から始まるシグナル減衰が不可避とされており、比較的長い偏極寿命を持つ必要がある。当初開発予定であった Hb の生体内アロステリックリガンド (2,3-DPG) は、分子内に NMR の対象となる 3 つの炭素と 2 つのリンをもつが、いずれの核種も T1 が 5 秒以下と、生体応用に耐えうる 20 秒を遥かに下回ることが判明した。現在、別の候補化合物を探索している。さらに、近年臨床研究が開始されつつある CEST (Chemical Exchange Saturation Transfer) の応用にも着手した。本法では、生体分子や造影剤の水溶液に飽和パルスを照射し、NMR 不活性となった化学交換可能な 1H が、水の 1H と交換して水のシグナルも弱めることを利用する方法である。通常では見えない低濃度の生体分子や造影剤も、水の NMR シグナルの減弱として間接的に検出できる。また、1H の交換速度はその濃度に依存することから、pH も同時に計測可能である。実際に、CT 造影剤イオパミドールのモデル実験 (7 T MRI, BioSpec) では、pH 変化に基づくコントラストの取得にすでに成功している。また、酸素動態可視化用の造影剤についても候補化合物をすでに選出済であり、現在、その機能性を評価している。
引き続き、候補プローブとして選定された化合物の基礎評価を実施する。超偏極プローブについては、個体計測に応用可能な T1 20 秒を目安として長い偏極寿命の 13C 核種を持つ化合物を探索する。また、候補化合物のヘモグロビンへの結合能をバイオセンサーにて検証し、血液サンプル中の赤血球からの酸素放出能を近赤外線分光法やパルスオキシメーターなどにより検証する。また、実際に HyperSense へ供することで DNP スペクトルを取得し、物性データを収集しながら偏極に最適な各種条件を設定する。CEST 造影剤については、すでに選定済の化合物について、濃度や pH に依存した Z-spectra や画像コントラストの変化を、溶液サンプルを用いて検証する。また、化合物の溶解性やその他撮像条件の最適化も試みる。時間が許せば、BOLD (Blood Oxygen Level Dependent)-MRI によるスペクトルや画像取得にも挑戦し、両計測手法の相関性や各種データの比較も試みる。以上の研究から個体計測へ向けた基礎データを取得し、両手法の in vivo 試験における計測条件の決定と、その応用可能性を見積もる。
すべて 2016 2015 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 3件、 査読あり 3件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 4件、 招待講演 4件) 備考 (2件)
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