最終年度の成果は大きく2つある。まず、前年度に行った調査・考察の内容を森 (2016)(「日英語の動詞表現が表す試行性:『坊っちゃん』の場合」)としてまとめたことである。この論考は、視覚動詞を伴う日本語の条件命令文と視覚動詞が生起しない英語の条件命令文との構文的・意味的対照研究のケーススタディとして位置づけることができる。具体的な知見は、試行のニュアンスのみを持つ「Vてみる」の表現は、英語ではVに相当する単独動詞で訳されるパターンが多いということで(83例中53例)、これは、文法書の記述の他、日英対照研究でも十分に指摘・議論されてこなかった点である。そこで、両言語における試行性を、日本語では「てみる」の現実性(モダリティ)に、英語では動詞の完結性(アスペクト)に関連づけ、試行性に関する類型論的な一般化を試みた。また、「Vてみる」と英語相当表現のずれに関して、前年度行った日本語教育の実態調査と教材研究を踏まえ、日本語教育の観点からの考察も組み込んだ。 成果の2つめは、日本語と比較対照する言語として、英語に加えて韓国語の命令形に関する言語学的理解を深め、関連データの収集を行ったことである。韓国語に注目するのは、日本語の「Vてみる」に直接対応する表現「V poda」が韓国語にも存在するからである。前年度は、韓国語の視覚動詞に関する文献調査が中心だったが、最終年度は、視覚動詞と命令形の使用実態調査を現地で行い、視覚動詞と命令文の形式的・語用論的な相違点を考察した。先行研究を踏まえると、韓国語は、上記の試行性のモダリティ的側面とアスペクト的側面を持つ言語と想定でき、日英対照研究の傍証としても位置づけられる。韓国語からの知見も取り入れることによって、理論の精緻化とデータの充実化が期待でき、日英語の条件命令文の違いに関して、試行性の観点からの理論的説明の方向性を定めることができた。
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