研究課題/領域番号 |
15K21527
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研究機関 | 近畿大学 |
研究代表者 |
原田 信 近畿大学, 経営学部, 講師 (00633447)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 新井白石 / 稲生若水 / 詩経 / 名物学 / 博物学 / 本草学 |
研究実績の概要 |
昨年度は日本で編纂、刊行された『詩経』図解のついて、未見であった資料を広く調査、収集し、すでに調査し得た資料をあわせて時系列、およびその特徴によって整理した。この結果、日本の『詩経』図解は本草学者が中心となって編纂し、主に動植物を収録した図解本と、儒学者が中心となって編纂し、主に諸制度や礼に関わる事物を収録した図解本の二種類に分けられることを一層明確にした。 このうち、後者は概ね明清時に編纂された中国の『詩経』挙業書の附録図解をそのまま収録している。これに対して、前者の動植物を収録する『詩経』図解は、中国では乾隆年間の徐鼎『毛詩名物図説』が最も早いものであり、日本における同種の図解は『毛詩名物図説』よりも早い時期から見られる。つまり、動植物を収録する図解は日本において、独自に編纂されたものであったと言える。 そこで、日本で動植物の図を収録する『詩経』図解がどのように編纂されたのか、その原因と編纂方法を明らかにするため、報告者は最早期に編纂された同種の図解の考察を試みた。これまでの調査の過程で明らかとなった最早期の図解は、新井白石が本草学者である稲生若水の力をかりて編纂した『詩経図』(宮内庁書陵部所蔵)である。 同図は経筵のために編纂された画冊であり、広く普及したわけではなく、その後の『詩経』図解に大きな影響を与えたとは考えがたい。しかし、日本人がこれまで存在しなかった『詩経』図解をどのように編纂したか、その方法や工夫を知ることは、その後の『詩経』図解の編纂を明らかにする上で重要な手がかりだと考えられる。このため、現在は『詩経図』と『三才図会』や『本草綱目』など現存する『詩経』以外の図解本とを比較し、『詩経図』のより詳細な編纂過程の分析を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
当初の予定では、昨年度はそれまで調査、収集した日本の『詩経』図解を時系列で整理し、一旦その全容を整理した上で論文として公表すること、そしてこれを基礎として個別の『詩経』図解の編纂背景と特徴を分析することを予定していた。しかし、さらに調査をすすめたところ、日本における『詩経』図解の歴史を考える上で重要な図解のなかで未調査のものが幾つか存在したこと、そして本研究の前段階として行ってきた中国の『詩経』図解の成果を博士学位請求論文としてまとめていたことから、日本における『詩経』図解に関する論文を公表するまでには至らなかった。 一方、『詩経』図解及びその周辺資料に関する調査は継続して行っており、特に図解本の編者が比較的著名な人物については、新たな発見が複数あった。なかでも、新井白石『詩経図』が日本において編纂された最早期の『詩経』図解であることを確信するに至ったこと、そして『詩経図』は中国の図解と異なり、伝統的に受け継がれてきた図譜を改編するのではなく、『三才図会』など、それまでの『詩経』図解編纂ではほとんど用いられてこなかった書物に依拠して編纂していることが明らかとなった。 しかし、『三才図会』を出典とする図はほぼ器物に限られており、主に稲生若水が考証に携わったと考えられる動植物図については、図の類似性から『三才図会』や『本草綱目』の図、そして『六家詩名物疏』にような『詩経』の名物考証書に依拠したと推測されるが、まだ確証を得るにはいたっていない。 以上のように、現在までの進捗状況は論文の公表という点では当初よりも遅れているが、資料調査などを通じてこれまでにはなかった発見などがあり、主に『詩経図』を主要な対象とする分析、そして日本の『詩経』図解全体の概観を整理、考察する内容の、二篇の論文を執筆して公表を準備している。
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今後の研究の推進方策 |
本年度はまず、すでに執筆、修正にとりかかっている新井白石『詩経図』および日本の『詩経』図解の全容に関する論文を完成させ、公表することを目指す。次に、この二篇の論文の内容を踏まえて、動植物を主体とする図解と制度や礼を主体とする図解のそれぞれについて、内容や編纂背景から、図解の編纂、利用と『詩経』解釈との関係性について検討する。 これまでの考察によって、動植物を主体とする図解の編纂者の多くは本草学者であり、しかも互いにある一つの学術継承の系譜に連なる人物が多く見られる。このため、同種の図解を相互に比較することで、編纂者が『詩経』名物に対する関心、そして図解の内容をどのように発展、変化させていったのかを明らかにすることができると考えられる。同時に、この問題点は『詩経』以外への関心、すなわち本草学、物産学の発展や博物趣味とも密接に関連している。このため、動植物図を主体とする図解の考察は、このような江戸時代の文化的環境の変化をも含めて行う必要があり、必要に応じて関連する資料の調査、収集も必要となる。 一方、制度や礼を主体とする図解は、中国の図解をそのまま収録したものがある一方、中国の図解をもとにして独自の考証を行った図解も存在する。これらの図解は、経書考証の観点から行われたものであり、先の動植物図解とは分けて考察する必要がある。 総じて、本年度は冒頭で述べた完成予定の二篇の論文の成果を踏まえて、本草学や博物学の関心から行われた『詩経』動植物図解の編纂、そして経書考証の観点から行われた制度や礼の図解の編纂について、それぞれ個別の図解本と編者に関連する資料を考察し、その実態および中国の『詩経』図解とは異なる特色が形成された原因を明らかにしていきたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度の研究費用は、概ね研究資料の購入、複写、調査費用に使用したが、812円が使用しきれず、次年度使用額が生じてしまった。この理由は、調査の過程で当初予定になかった新たな研究資料を発見し、購入、複写したことににより誤差が発生したためである。
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次年度使用額の使用計画 |
本年度の使用計画としては、昨年と同様資料の購入や複写、調査費用に使用する予定である。本年度は、特にこれまで収集した資料をもとに論文公表に注力することを計画しているため、投稿媒体によっては、論文投稿料などの必要経費として使用することも計画している。
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