本研究では、西アジアの先史時代社会における主要な物質文化である石器を研究資料とし、狩猟採集社会から食糧生産社会への社会変化の過程を研究した。2016年4月から10ヶ月間英国に滞在し、英国内の3大学の研究者と併行して重層的な共同研究を実施した。 おもにマンチェスター大学に拠点を置き、携帯型の蛍光X線分析による黒曜石産地同定分析をおこなった。持ち出しが困難な博物館収蔵資料を中心に約4000点の資料分析およびデータの解析を終え、成果発表論文を執筆中である。また、共同研究者らとともに Manchester Obsidian Laboratory という組織を立ち上げ、外部の研究者から依頼された資料の分析も随時おこなっており、国際共同研究の幅を飛躍的に広げることができた。 これと同時に、定期的にレディング大学を訪れ、ザグロス地域の新石器時代遺跡から出土した石器の研究を進めた。資料が出土したベスタンスール遺跡は2017年にユネスコ世界遺産の暫定リストに登録が決定しており、研究成果が国際的に評価されていることの証左であるといえる。石器の加熱処理技術に関わる実験研究の成果を国際学会で発表し、2本の論文が受理され現在印刷中である。 さらに、ロンドン大学(UCL)の植物考古学の専門家らとも併行して共同研究を実施した。穀物栽培の証拠である炭化種子と、穀物収穫具である鎌刃石器のデータを比較することで、穀物栽培の開始は数千年をかけたゆっくりとしたものであったこと、西アジア内においても地域差を持った多起源のものであったことをあきらかにした。研究成果は、Quarternary Science reviews誌に掲載されたほか、さらにそれを発展させたフォローアップ論文を現在 Philosophical Transaction B 誌に投稿中である。
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