構造系と誘導系の推定を駆使して、カルテルと企業結合の研究を行うことが本研究課題の目的である。本年度は昨年度から引き続き、誘導系の推定方法を用いた実証を行っている。この実証研究では、違法カルテルを明示的に扱い、どのような市場構造がカルテルにつながるかを明らかにすることを目的としている。目的意識は明確であるが、方法論的課題として、カルテルを表す変数には観測誤差が存在する可能性が極めて高く、正確に観察することはほぼ不可能だという事実がある。すなわち、カルテルは公正取引委員会により摘発されないかぎり観察ができないという性質を持つために、カルテルの存在の有無の観測は不完全なものにならざるをえないということになる。この不完全な観測のために、通常の二値変数としてカルテルの有無を実証モデルで扱い、それを市場構造で説明しようとすると、推定にバイアスが生じることになる。生じる可能性のある最悪ケースでは、あらゆる推定値がデータと整合的となってしまうことが知られている。 今年度は、昨年度から開発に取り組んでいる、不完全な観測から生じる以上の問題を厳密に扱う手法をさらに発展させた。具体的には、昨年度開発した部分識別の考え方を用いた推定方法に、新たな情報を加える試みを行い、推定方法を改良発展させた。この結果、推定されるカルテル確率の幅やカルテル確率に影響を与えうる市場構造を表す変数の係数推定の幅をかなりの程度縮めることに成功した。こうした方法論的成果に加えて、どのような市場環境でカルテルが発生するのかという、違法カルテルと市場構造(市場構造はとりわけ企業結合によって大きく変化する)の関係性を高精度で明らかにしたことが実証的な成果である。
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