本研究では、ビジネス・エコシステムおよびイノベーションに係る今日の議論を概括したうえで、特に、クローズド型イノベーションと、2000年代以降登場したオープン型イノベーションの違い、係る学術的背景について先行研究サーベイを行った。また、新たな価値創造を行った事例(EUにおける組込みシステムクラスター、フランスにおける食産業のエコシステム)について共同研究者からの助力を得ながら実証分析を行った。 得られた結論は、産業の成立条件ないしは歴史的経緯により、クローズド型イノベーションが有効性を有するケース、政府による主体的な価値情勢により付加価値を形成したケース、政府のみならず生活者も主体的な関与に基づくオープン・イノベーションによる価値創造を目指すケースと、現況はそれぞれに異なることを明らかにした。またこれらの事例からは、単にすべての企業がクローズド・イノベーションを放棄し、オープン・イノベーションを志向すれば良いという線形的議論が成立しないことも明らかにされた。同様に、ビジネス・エコシステムに留まることなく、生活者あるいは政府が主体的に関与することを志向するソーシャル・エコシステムをすべからく目指せば良いという単純な結論を導き出すことも出来ない。産業あるいは市場の形成過程には経路依存性が介在し、ステイク・ホルダー同士の関係性も著しく異なる故に、最適となるエコシステムも異なるためである。 本研究で取り上げたケースはそれぞれに、与えられた環境下で時々の最適解を導き出すことで、それぞれに価値形成を果たしつつある。その過程では、単位取引コストの最適化あるいは低価格化などの戦略に囚われることなく、必要に応じステイク・ホルダーとの創発的なプロセスを行うことで、収益性に留まらない社会的価値を醸成することを志向してきた。
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