研究課題
配列したナノ空間を有するゼオライト結晶にアルカリ金属をドープして,アルカリ金属ナノクラスターを配列させると,結晶構造とアルカリ金属種の組合せに依存して強磁性・反強磁性・フェリ磁性などの様々な磁気秩序が,磁性元素を含まないにも拘わらず発現する.本研究では,中性子回折やミュオンスピン回転/緩和をこれらの系に適用し,s電子が磁気秩序を示す機構を解明することを目的としている.H28年度は以下の研究を進めた.まず,日本の所属機関において研究の遂行に欠かせない試料を大量に合成した.磁化などの基礎データの測定を行い,高品質な試料であることを確認した.英国のラザフォードアップルトン研究所(RAL)に試料を持参し,7月初旬から12月初旬まで滞在して研究を進めた.LSXと呼ばれるゼオライトでは,大小2種類のナノ空間(カゴ)が2重のダイアモンド構造で配列している.これらのカゴの中にNa-K合金クラスターを作成して配列させた系では低温でフェリ磁性秩序が発現する.またこれにヘリウムガスによって高圧を印加すると,自発磁化やTcが3倍から5倍に増強される新現象を近年発見しているが,磁性の基礎データが全く不足している.そこで,RALに設置された他に類を見ない装置である,ヘリウムガス高圧下で磁化測定が可能なSQUID磁束計を利用し,この新奇な磁性相が発現する条件(圧力・加圧温度・加圧保持時間)を徹底的に調べた.種々のドープ量の試料に対して,滞在の全期間にわたって実験を継続し,最適条件を突き止めることに成功した.また,同試料に対してミュオン実験を行うために,RALの高圧技術者と共同で新しい圧力セルのデザインや強度計算を行い,加工業者に発注した.またそのためのマシンタイムを申請し獲得した.ヘリウムガス高圧下での中性子回折実験を実施するための打合せもビームライン担当者と行った.
2: おおむね順調に進展している
高圧ガス下(本研究では最大0.5 GPa)での物性測定を行うことは,日本国内では高圧ガス保安法の問題があり容易ではない.一方,RALでは高圧ガス下での磁化測定,中性子散乱実験,ミュオンスピン回転/緩和実験を一貫して,RALの高圧技術者/研究者の協力を得ながら進められることが,この国際共同研究の最大の意義である.そこで,当初計画では最初に予定していた常圧下での中性子回折実験は一旦見送り,ヘリウムガス高圧下での磁化測定を滞在の全期間に渡って徹底して行った.その結果,ヘリウムガス加圧による新奇磁性相の出現条件(圧力・加圧温度・加圧保持時間)を正確に突き止めることができ,またその相のマクロな磁気的性質を明らかにすることができた.このことは,これだけでも重要な成果である.また今後,中性子散乱実験,ミュオンスピン回転/緩和実験を実施するにあたり,全ての基礎データとなるために重要である.さらには,ミュオンスピン回転/緩和実験用として,本研究の試料に特化した圧力セルをRALの高圧技術者と共に新たに設計し,作成依頼するところまでこぎ着けることが出来た.この実験のためのマシンタイムも申請し,獲得した.このように,H29年度中にミュオン実験を行う準備も整いつつある.ヘリウムガス高圧下での中性子回折実験については,RALのビームライン担当者との打合せを開始することができた.今後,技術的なことをクリアーして,ビームタイムの申請に繋げられると考えている.以上のように,研究はおおむね順調に進展していると言える.
H28年度に得られた,ヘリウムガス高圧下での磁化測定の成果に関して,論文を執筆し発表する.ミュオン実験用の新しい圧力セルが6-7月頃に納品されるので,RALにおいて,これの加圧テストと,実際にビームラインにおいてミュオンを照射し,このセルに適切なミュオンの運動量を決定し,実験条件を定める(チューニング).そして,実際の試料に対してヘリウムガス加圧下でのミュオンスピン回転/緩和実験を実施する.これにより,内部磁場分布や磁気体積分率など,ミクロなプローブゆえに得られる情報を獲得し,この新奇磁性相の性質を詳細に調べる.ヘリウムガス高圧下での中性子回折実験について,RALのビームライン担当者および高圧技術者との打合せを詰め,実験計画の具体化,マシンタイムの申請を行う.マシンタイム配分がH29年度内に間に合えばこれを実施し,新奇磁性相の結晶構造や磁気構造を解明する.H28年度には行わなかった物質(LSX以外の構造のゼオライト中にアルカリ金属クラスターを作成した系)の,ヘリウムガス高圧下での磁化測定をRALにおいて進め,新たな磁性相の探索を行う.一方,本研究の対象物質群の中には,常圧下においても磁気構造が未知な試料がまだまだある.常圧下の中性子回折実験は国内施設でも実施可能である.すでにJ-PARCのビームライン担当研究者と打合せを開始しており,国内での実験も並行して進める.これにより,研究全体をより効率的に推進してゆく予定である.
すべて 2017 2016
すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 3件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 4件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件)
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