研究課題
配列したナノ空間を有するゼオライト結晶にアルカリ金属をドープして,アルカリ金属ナノクラスターを配列させると,結晶構造と金属種の組合せに依存して強磁性・反強磁性・フェリ磁性などの様々な磁気秩序が,磁性元素を含まないにも拘わらず発現する.本研究では,中性子回折やミュオンスピン回転/緩和をこれらの系に適用し,s電子が磁気秩序を示す機構を解明することを目的としている.H29年度は以下の研究を進めた.強磁性を示すゼオライトA中のカリウムクラスターの高品質試料を大量に合成した(4 g x 4つの異なる電子濃度).これらの試料に対して,常圧下での中性子回折実験を国内施設(J-PARC MLF TAIKAN)で実施した.スピン偏極中性子ビームを用いたいわゆるflipping ratio法によって,長距離秩序した強磁性磁気モーメントを観測することに成功し,磁気形状因子のQ依存性を抽出できた.ナノスケールに広がったs電子のスピン密度分布に直結する重要な情報が得られたと言える.昨年度に設計した,ヘリウムガスによって試料に高圧を印加しながらミュオンスピン回転/緩和実験を行う新しい高圧セルを改良した上で,0.2 GPaまでの耐圧テストを実施し,これをクリアーした.また,この実験に用いる試料の合成を行い,基礎物性測定を行った.ヘリウムガス圧下でのミュオン実験の準備が整ったと言える.昨年度に得られた,ゼオライトLow-silica X (LSX)中のNa-K合金クラスターのフェリ磁性がヘリウムガス加圧によって大幅に増強される研究成果について,国際会議での口頭発表を3件行った(うち1件は招待講演).また,上述の常圧下の中性子回折実験の成果について,日本物理学会で口頭発表を1件行った.
3: やや遅れている
「研究実績の概要」で述べたように,本研究の遂行に必要な高品質試料の大量合成(各々が数ヶ月の期間を要する)とその基礎物性評価,国内施設における常圧下での偏極中性子回折実験とその解析,ヘリウムガス加圧下の実験に使用する特殊な(オーダーメイド)機器の整備,並びに,ここまでの成果の国際会議における発表等に関しては,かなりの進展が得られている.一方で,国際共同研究先である英国のラザフォードアップルトン研究所(RAL)に長期間滞在しての研究を本年度は進めることができなかった(ただし現地共同研究者との研究打ち合わせや特殊機器整備に関するやり取りは密接に実施できている).これは研究代表者の所属機関における業務の急増に起因しているものであるが,この状況は現在までに改善している.様々な準備は整ったものの国際共同研究先での中性子・ミュオンビームを用いたヘリウムガス加圧下での実験が本年度はできていないという点から,やや遅れていると言える.
既に得られている,ヘリウムガス高圧下での磁化測定の成果及び,常圧下での偏極中性子回折実験の成果に関して,論文を執筆し発表する.整備を終えたミュオン用の新しい圧力セルに実際にRALのビームラインにおいてミュオンを照射し,このセルに適切なミュオンの運動量を決定し,実験条件を定める(チューニング).そして,実際の試料に対してヘリウムガス加圧下でのミュオンスピン回転/緩和実験を実施する.これにより,内部磁場分布や磁気体積分率など,ミクロなプローブゆえに得られる情報を獲得し,新奇磁性相の性質を詳細に調べる.また,ヘリウムガス高圧下での中性子回折実験をRALで実施し,新奇磁性相の結晶構造や磁気構造を解明する.一方,常圧下の中性子回折実験についても国内施設(J-PARC MLF TAIKAN)でのマシンタイムを確保しているため,これを並行して実施する.以上の研究成果からs電子強磁性の機構ならびにそれが高圧ヘリウムガスで著しく増強される仕組みを明らかにし,成果を整理して論文にまとめる.
すべて 2018 2017
すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 2件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 3件、 招待講演 1件)
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