研究課題/領域番号 |
15KK0267
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
小関 成樹 北海道大学, 農学研究院, 准教授 (70414498)
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研究期間 (年度) |
2016 – 2018
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キーワード | 予測微生物学 |
研究実績の概要 |
本年度はD-トリプトファンの作用機序を明らかにするための手法の一つとして,大腸菌の代謝経路における影響を明らかにするために,メタボローム解析結果を主成分分析したところ,D-Trp の添加により代謝物が変化すること,食塩の添加により代謝物が変化することが明らかになった。また,代謝経路外において食塩およびD-Trpを添加した実験系で検出されたグアノシン 5'-ニリン酸 3'-ニリン酸 (ppGpp) とアジピン酸の 2 つの物質に着目した。 ppGpp はアミノ酸欠乏時に細胞内で生成されタンパク質の合成を抑制する緊縮応答と呼ばれ る反応を引き起こす物質である。ppGpp が検出されたため,タンパク質の合成が 抑制されていると考えられ,タンパク質の合成が抑制されることにより細菌の増殖が抑制さ れた可能性が示唆された。またアジピン酸は有機酸の 1 つでありpH 5 以下において E. coli の 増殖を抑制したとの報告がある。通常,有機酸による細菌の増殖抑制効果を検証する場合には 培地に有機酸を添加する形で行われるためその効果の発現には非乖離の有機酸が細胞内に取 り込まれる必要があるが,今回の場合アジピン酸は細胞内にて生成されており取り込まれる 必要がないため低 pH 環境でなくとも増殖抑制効果が現れたものと推察される。 基礎メカニズムの解明を進める一方で,D-トリプトファンを用いた実際の食品の微生物制御への展開を進めた。特に,生カキにおける腸炎ビブリオの増殖抑制に関して,世界的にも高品質なカキを出荷することで知られるタスマニアでの試験を進めた。その結果,海水中にD-トリプトファンを添加することで,生カキ中の腸炎ビブリオの菌数増殖を抑制するだけでなく,大幅に減少させることを見出さした。 以上のように,基礎メカニズムと実用面の両面において顕著な研究成果が現れている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
D-トリプトファンによる細菌制御のメカニズムの一端を解明すべく,本年度は新たにメタボローム解析を取り入れて研究を進めた。一方で,共同研究先であるギリシャテッサロニキ大学のKoutsoumanis教授のもとでは,single cell レベルでの作用機序を蛍光顕微鏡下でリアルタイムでの観察を続け,今年度は途中から当研究室の大学院生がインターンシップで滞在して,観察技術を習得している。また,当研究室で開発したsingle cell レベルでの細菌細胞の不活化挙動のバラツキを数理モデルで記述するモデル化手法が観察結果にも適用可能であることが示されつつある。これは,およそ研究開始当初に予想した範囲内の研究成果を得ることができた。 D-トリプトファンの作用メカニズム解明を進める一方で,非常に実用的な利用方法を実際のカキ養殖現場,収穫直後の生カキを対象として試験することができたことは非常に有意義な研究成果である。一方で,非侵襲の微小電極を用いたイオン流束計測技術,Microelectrode Ion Flux Estimation(MIFE)法を微生物に適用しているProfessor Rossの研究グループとの研究を進めたが,MIFEによる評価は細胞膜のイオン輸送能を膜電位変化として現時点では定量評価できる可能性を示唆する実験結果が出始めてきた。 以上のことから,研究全体としては概ね順調に研究は進捗しているものと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
新規な微生物制御物質としてのD-トリプトファンの作用機序を種々の側面から明らかとし,実際の食品へ適用する際の効果的な活用方法を提示して,欧州,豪州,日本といった異なる地域においても利用可能な対象食品の選定や使用基準の策定等を検討する。さらに,細菌細胞に対するストレス応答が細菌集団による反応と,Single cell レベルでのストレス応答との差異を明らかにして,細菌細胞の不均一性(heterogeneity)を説明可能とする。これによって,欧州に偏りがちであったSingle cellレベルの研究の裾野が日本,豪州を含む世界的な潮流へと発展させる。さらに,細菌細胞に対するストレス応答を,細胞膜の細胞膜のイオン輸送能の面から明らかにするとともに,メタボローム解析からも明らかにする。これらの生物物理学的な評価と分子生物学的な評価との融合研究によって,欧州,豪州,日本といった広域での共通認識へと発展させる。 D-トリプトファンの利用が新規の微生物制御手法として世界的な認知度が向上し,世界中の人々がより安全で高品質な食品を届けることに貢献する。このことは,食品安全に関わる全地球規模での関係者に大きく貢献する。また,基礎研究面においても,細菌のストレス応答に関する新たな評価法,知見が蓄積され,今後の微生物制御ならびにストレス応答メカニズムの解明に寄与する。さらに,Single cellレベルでのストレス応答評価とメタボローム解析との融合によって,従来にない,より詳細な細菌のストレス応答メカニズムの解明につながることが多いに期待できる。これまで接点のあまりなかった基礎研究分野の研究者と,食品科学・工学等の実学研究者との協調も生まれてくる可能性があるだけでなく,Omicsデータ等のビッグデータを扱う数理統計学者との協調の可能性も高くなり,多方面にわたり貢献が期待される。
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