研究課題
重粒子線治療をさらに向上させるためには、治療後の再発及び浸潤、転移をいかに抑制できるかが重要である。申請者らはこれまでに、炭素線照射は大多数の細胞株の浸潤抑制に効果的であるが、膵癌由来細胞株PANC-1においては浸潤細胞数が増加することを報告した。その後の研究で、PANC-1では、細胞全体の集団の中に元々浸潤能が高い細胞集団(PANC-1浸潤細胞)が存在し、それら細胞集団は炭素線に対して抵抗性なため、炭素線照射後に浸潤できる細胞数が増えていたことが明らかとなった。さらに、PANC-1の浸潤は一酸化窒素合成酵素(NOS)の阻害剤で抑制できることから、PANC-1浸潤細胞は一酸化窒素(NO)を利用し浸潤していることが考えられた。本課題の最終目的は臨床応用を視野に、重粒子線抵抗性浸潤細胞の抑制方法を提案することである。そのためには、炭素線抵抗性浸潤細胞群であるPANC-1浸潤細胞が生体内でどのような挙動を示すのか、マウスなど生体に近い系を用いて明らかにすること必須である。この研究を飛躍的に進展させるため、今年度はアメリカ国立衛生研究所、国立がん研究所のWink博士のラボに滞在し、国際共同研究を推進した。まず、PANC-1浸潤細胞がどのようにNOを利用し浸潤しているのか調べたところ、細胞は浸潤する際、足場への接着が喪失された時にNOを産生することを見出した。その際、複数の癌転移関連因子(MMPや前転移ニッチ形成関与因子、stemness関連因子など)の発現が上昇すること、それら因子は、NOS阻害剤で抑制されることから、NOが上流因子として関与することも明らかとなった。さらに、マウスの膵癌転移モデルを立ち上げ、実際にPANC-1浸潤細胞はPANC-1全体の集団と比べ、肝転移能が高いこと、さらにNOSの阻害剤で転移が抑制されることを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
昨年度(H28年度)は、H29年度から行う研究の準備をした。放射線抵抗性浸潤細胞群としてPANC-1浸潤細胞をトランスウェルから回収し、細胞全体と比較したDNAマイクロアレイ解析を行なった。浸潤細胞と全体の細胞を比較し、浸潤細胞では特に、前転移ニッチ形成関与因子や血管新生関与因子の発現量が高いことが明らかとなった。今年度は米国NIHのWink博士のラボでさらなる研究を行った。Wink博士はNO研究の世界的権威である。PANC-1浸潤細胞はNOを利用し浸潤していることが考えられたが、NOは不安定なガスであり、これまで安定したデータを取得するのが困難であった。今回Wink博士と議論しながら進めることで、細胞は浸潤する過程で足場への接着が喪失された時にNOを産生するといった、非常に有用な結果を見出すことができた。また、昨年度のDNAマイクロアレイの結果をもとに、複数の癌転移関連因子に着目し発現量を調べたところ、浸潤細胞では、足場への接着の喪失により複数の癌転移関連因子の発現が上昇すること、その発現にはNOが関与することが明らかとなった。さらに、Wink先生らと共に膵癌転移モデルマウスを立ち上げ、浸潤細胞は転移能が高いこと、NOSの阻害剤が転移抑制に有用であることを明らかにした。本研究では、これまで困難であったNO研究をWink博士らと共に飛躍的に発展させることができた。また、課題代表者の本課題以前の研究は全て細胞レベルでの検証であったが、この国際共同研究により、膵癌転移モデルマウスを立ち上げることができ、生体内での浸潤細胞の挙動を明らかにすることができた。本研究の最終目的である、臨床応用を視野に重粒子線抵抗性浸潤細胞の抑制方法を提案するについても、より生体に近いマウスの系でNOSの阻害剤が有用であることを証明できた。よって、本研究は概ね順調に進展しているとした。
Wink博士と共同研究を推進したことにより、放射線抵抗性浸潤細胞におけるNOの意義が明らかとなった。また、マウスを用いた個体レベルでの転移モデルを立ち上げ、放射線抵抗性浸潤細胞は実際に転移能が高いこと、転移抑制にはNOSの阻害剤が有用であることを明らかにした。NIHでマウスの実験を進めるには、まずはマウス実験のプロトコルを倫理委員会に提出し、承認を得る必要があった。審査後にプロトコルを修正し、その後再審査を行い、さらに修正し、といった厳密な審査のもと、実験が許可されたのはH29年12月であった。帰国まで残り3ヶ月の中でマウス実験を行っため、肝臓の転移コロニー数をカウントすることは出来たが、肝臓の切片を作成し、さらに組織学的に転移の詳細を確認すること、また転移に関与が予想される因子で免疫染色を行うことなどはできていない。今回のマウス実験で採取した腫瘍や肝臓組織は固定後に日本へ郵送した。来年度は、それら組織を用いて切片を作成し、組織学的解析を行う。転移巣について組織学的にも確認し、その詳細を明らかにする(転移巣周辺はどのような癌微小環境になっているかなどについて検証する。血管や免疫細胞、繊維化の有無なども明らかにする。)。また、浸潤細胞で発現が上昇する癌転移関連因子の発現が、実際にマウスの転移巣でも高発現しているか調べる。さらに、腫瘍や転移巣で、NOSが高発現していたかについても検証する予定である。本研究により推進した国際共同研究の成果をまとめ、論文に発表する。
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Antioxidants & Redox Signaling
巻: in press ページ: in press
10.1089/ars.2018.7527