研究実績の概要 |
数理モデリングと数値シミュレーションによって細胞分子, 細胞, 組織を横断する腫瘍悪性化因子を分析した. ウェットの研究室とディスカッションを重ね, 微分方程式を用いた方法によって様々な例題を解き, 数学と生命科学, データ科学の融合を目指す統合数理腫瘍学研究を進め, 特に細胞膜分子動態に着目した薬剤耐性と, マルチスケールモデリングを用いた骨代謝を研究した. 薬剤耐性ではゲフィチニブを対象とし, 膜分子動態から, 下流への悪性化シグナルが発生するメカニズムを明らかにした. ここではEGFRとERBB3の2種類の膜分子に注目し, 重合によるリン酸化によって生存, 増殖の2種類のシグナルが発生するという細胞生物学の知見を数理モデルによって忠実に記述した. ゲフィチニブによってEGFRのリン酸化が抑えられてシグナルが消滅すること, METによってERBB3のリン酸化が回復してシグナルが再発生することを,数理的に明らかにした. 細胞分子の結合・解離とリン酸化・脱リン酸化の2つの反応の達成時間の相違をどのように再現するかが問題となったが, 細胞の大きさ, 細胞膜上の分子数, イベントの時間スケールから, 反応係数や各分子の密度の大まかなオーダーをすべて決めてしまう次元解析の方法を確立し, 実測値と一致すること, シミュレーションによって結合・解離, リン酸化・脱リン酸化の時間スケールが正確に再現できることを示した. 骨代謝モデリングでは分子間の相互作用を記述するボトムアップモデルと, 細胞間の相互作用を記述するトップダウンモデルを連立させるマルチスケールモデリングを行い, 力学系理論によって動的平衡が壊して大理石骨症に行かずに骨粗鬆症に至る理由を明らかにした. 数学研究では, 細胞膜分子動態を動機として一般形を導入し, その完全可積分性を厳密に証明した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
結合解離や分化の厳密な記述や, 次元解析によって反応係数や初期値のオーダーを決定する方法, 動的平衡の定義と力学系理論を用いたその崩壊の解明など, 細胞生物学と数理モデリングの融合の方向が確定した. 血管新生をはじめとして, 組織レベルでの生命動態を数値シミュレーションで予測, 制御する方法論についても, コンピュータプログラミングも含めてより実用化の方向に向かって進んでいる. 数理医学関連図書も出版し, 題材の広がり, 方法の深まりは予定通り進行している.
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今後の研究の推進方策 |
細胞生物学実験のデータは大きな揺らぎがあり, 数理モデリングの有用性もそこにある. 一方でデータの活用は数理腫瘍学の今後の展開にとって重要な要因となる. 細胞膜分子の信号は下流でクロストークし, 核内での転写を通して悪性化にフィードバックされる. データ分析では数理統計的モデル選択を適用して生命科学理論と照合するモデリング法を開発したい. また実験画像の処理についても統計的な背景が強固な方法によって, より精密な表示を試みる.
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