研究課題/領域番号 |
15KT0056
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
山口 祥一 埼玉大学, 理工学研究科, 教授 (60250239)
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研究期間 (年度) |
2015-07-10 – 2018-03-31
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キーワード | 表面 / 界面 / 非線形 / 和周波発生 |
研究実績の概要 |
脂質は水面上で単分子膜を形成する.脂質親水基の“下側”の水の配向と水素結合の強さは,ヘテロダイン検出和周波発生(HD-SFG)分光によって明らかにされている.すなわち,水分子の配向は親水基の電荷と水の永久双極子モーメントとの静電相互作用によって決まる.例えば,DPTAPのように親水基が正に帯電していれば,水はプロトンを(平均して)“下”に向けて配向し,DPPGのように負であれば水は“上向き”に配向する.これらは,HD-SFGスペクトルの3100 ~ 3400 cm-1の水素結合OH伸縮振動バンドの符号から導かれる.また,そのように配向した水分子の水素結合の強さは,配向とは無関係であり,バルクの水のそれと同程度であることが,OH伸縮振動バンドのピーク波数から結論されている.今回我々は,高波数領域のHD-SFG測定を行い,親水基下側の水とは逆に配向する水を見出した.HD-SFGスペクトルの3600 cm-1付近のバンドは,正・負帯電のどちらの脂質についても,水素結合OHバンド(3100 ~ 3400 cm-1)と逆の符号を有している.これは,親水基“上側”に存在する脂質単分子膜中の水に帰せられる.親水基の電荷による静電場の向きがバルク水側と脂質炭化水素鎖側で逆になるため,水分子の配向も逆になる.3600 cm-1という高い波数は,水と脂質のカルボニル基,グリセロール基の酸素の間の弱い水素結合を意味することが,別に行ったIR測定から分かった.これまで,脂質単分子膜内の水分子の配向は,カルボニル基との水素結合に支配されていると考えられていた.今回の実験結果から,親水基下側の水の場合と同様に,上側の水の配向もやはり親水基の電荷の符号によって決まっていることがはっきりと示された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
定常状態の表面,界面の振動スペクトルを計測するためのヘテロダイン検出和周波発生分光装置を完成し,脂質/水界面,空気/水界面,空気/氷界面に適用した.脂質/水界面については,これまでにはっきりと観測されていなかった,弱く水素結合した水分子をはっきりと同定することができた.これは,今後展開する脂質/水界面での化学反応の研究においても重要な役割を果たすと考えられる.空気/水界面については,これまで帰属がなされていなかった3640 cm-1の幅の広い弱いバンドを,水素結合OH伸縮と低波数分子間振動の結合音に確定的に帰属した.この結合音はフェルミ共鳴によってフリーOHから強度を借りて現れていることを見出した.フリーOHは表面の最も特徴的な官能基の一つであり,今後展開する水表面での化学反応の研究においても重要な役割を果たすと考えられる.以上のように,今後展開する界面化学反応の研究の土台をしっかりと気づくことができたという意味において,概ね順調に進展しているという区分を選択することができる.
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今後の研究の推進方策 |
完成した定常状態の表面,界面の振動スペクトルを計測するためのヘテロダイン検出和周波発生分光装置を空気/氷界面に適用する.氷は,星雲や彗星の研究を含む宇宙科学,極地や気象など多岐の領域にわたる地球科学,固体物理や物理化学を包含する物質科学,タンパク質工学や生命進化論といった生命科学など,科学のほぼ全分野において精力的な研究の対象となっている重要な物質である.その重要性の根源は,氷が水素結合によって形成された水分子の結晶であることに帰着する.この水の固体の基本的な性質を微視的に解明することは,分子科学者に与えられた使命である.氷についての未解明の問題のうち,特に分子科学において取り組むべきものの1つとして,氷の表面の物理化学をあげることができる.大気圧下200 K以上で氷の表面に存在するとされる擬似液体層は,液相とも固相とも異なる物理化学的性質を有すると考えられているが,密度や粘度といった基本諸量すら得られておらず,その微視的描像は未解明である.また,氷のバルクではランダムな配置にあるプロトンが表面では何らかの秩序を発現しているのか,すなわち氷の表面はどのような誘電的性質を有するのか,いまだ明らかになっていない.プロトン秩序と擬似液体層の性質にはどのような関係があるのかも全く分かっていない.このような氷表面の構造とダイナミクスを研究し,そこでの化学反応研究を展開する.
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次年度使用額が生じた理由 |
購入予定機器などを当初見込みよりも若干割安で入手することができたため次年度使用額が発生した.
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次年度使用額の使用計画 |
当初計画通りに進めてレーザー機器や消耗品,試薬などを購入して研究を推進する.
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