研究課題
計画2年目の今年度は、初年度に製作した状態選別・エネルギー制御イオンビーム源を(1)交差分子線配置、(2)合流ビーム配置、(3)イオンガイド配置、それぞれの反応実験装置に組み込んで、全自由度制御反応性散乱実験装置の開発を継続して行った。各実験装置配置はそれぞれ測定できる物理量、信号強度、エネルギー領域に一長一短を持ち、研究目標を達成するためにこれらを組み合わせた反応装置をする計画としている。開発を進める中で技術的問題点を明らかにした。特に低エネルギー領域でのイオンビーム制御において、設計していた性能が得られなかったことに対しては、解決方針を容易に見出すことが困難であった。これを解決する技術的フィードバックを得るために、ドイツ・ケルン大学(Stephan Schlemmer教授グループ)に長期滞在してイオンビーム装置開発の共同研究を行なった。ケルン大学グループの22極型イオントラップを用いて、O2H+(プロトン化酸素分子)の高分解能分光研究を行なった。3原子程度の基本的な分子イオンは、冷却された状態での蓄積が困難であったために高分解能分光データが限られている。O2H+イオンもこれまで分光学的に検出されたことのない分子イオン種の一つであったが、イオン生成・制御技術を活かした錯形成抑制分光法により、OH伸縮振動スペクトルの観測に初めて成功した。精度よく決定した分子定数の考察により、非直線型を持つスピン3重項種であることを見出した。O2H+は星間分子としての存在が長く議論されていることから、電波天文観測のためのマイクロ波領域での純回転スペクトルにも測定を拡張した。また、O-O伸縮(~1400cm-1領域)、H-O-O変角振動(~1050cm-1領域)に対して赤外自由電子レーザー施設(FELIX)で測定を行い、それぞれの振動数を決定することでO2H+の分光学的同定を確定させた。
2: おおむね順調に進展している
合流ビーム配置は超低エネルギー衝突実験が実現できる利点があるが、実機では数値シミュレーション結果とは異なり、低エネルギーイオンビーム強度が著しく低下する結果となった。交差分子線配置とイオンガイド配置は、散乱分布が観測できることと生成物の信号強度が得やすいことがそれぞれの利点であるが、いずれも1 eV以下の低エネルギー反応実験の実現には向かない。そこで極低温イオンの運動制御に関する先端的実験技術を持つケルン大学グループに共同研究を呼びかけ、6ヶ月間の滞在を実現した。ケルン大学グループのイオントラップ法は本研究課題で開発しているイオンガイド配置に関連する技術要素を多く利用しており、共同研究で得た知見を状態選別能を持つ本イオンビーム反応実験装置に適用する改良を進めている。また、ドイツ滞在中に分子イオンの分光学的研究を進める一方で、合流ビーム配置についても技術的情報を交換して、低エネルギー衝突実験の実現のための改良点を検討した。イオンビーム制御部分とともに計測系に改善の余地があることから、検出器の変更を含めた測定条件の改良を進めている。交差分子線配置では新しく二次元イオン検出器・CCDカメラシステムを導入した。イオン・分子反応における生成イオンの散乱分布を測定するために必要となる、パルス電場で駆動するイオン・イメージング電極を設計・製作した。同様のイオン電極群を用いた測定を行っているドイツ周辺の研究室を訪問して、稼働条件と測定状況について情報交換を行った。開発要素の多い研究課題であることから、長期間開発現場を離れることで作業工程が遅れるリスクはあったが、今後の改良のために有用な技術情報を得ることができた。
状態選別イオンビーム源の性能評価に用いたNO+を使って、交差分子線配置による散乱分布観測装置、イオンガイド配置による反応断面積測定装置の開発・改良を進める。合流ビーム配置の開発とこれを用いた断面積測定は1eV以下の低エネルギー領域に特化して進める。当初計画していた対象イオン反応系の拡張よりも、測定法の確立を優先する。このために今年度に体制を構築した共同研究ネットワークを有効に活用する。低エネルギーイオン生成・制御に関する技術情報だけでなく、低温・低エネルギー領域でのイオン・分子反応研究が新しい進展を迎えている現状を目の当たりにしたことから、イオン化学に関する研究情報を交換するためにも国際交流を積極的に継続する。
すべて 2017 2016 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件、 謝辞記載あり 3件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 5件)
Chemical Physics Letters
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