研究実績の概要 |
前年度に引き続き、1,10-フェナントロリンパラジウム触媒を用いた場合のチェーンウォーキング機構に関する詳細な理論化学計算を行いつつ、計算結果を検証するための実験的な検討を進めた。特に、重水素原子を複数導入したアルケン基質を用いたチェーンウォーキングを経る触媒反応の検討を行った。まず、シロキシ基を持つ重水素置換アルケンの異性化反応について検討したところ、重水素が炭素鎖上を移動する現象自体は観測できた一方、その相対立体配置を決定することは困難であった。また、重水素原子を二つ導入したアセトキシ基を遠隔位にもつアルケンを合成し、アリールボロン酸を用いたチェーンウォーキングを経る遠隔位置換反応を検討した。その結果、重水素原子の移動が起こることが確認され、またその後の分子変換により、1H NMRスペクトル上で各水素原子を別のシグナルとして観測可能であることが分かった。しかし、非常に複雑な重水素原子の移動が起こっていることが分かり、相対立体配置を決定することは困難であった。そこで、基質上の重水素原子数を増やして同様の実験を試みたところ、残った水素原子間の結合定数が見やすくなったことで相対立体配置を確認することができた。さらに、その結果から、チェーンウォーキング機構が通常考えられていたのとは異なる選択性をもって起こりやすいことが示唆された。これは、前年度までに得られていた理論化学計算によって示唆された結果に合致するものである。
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