研究課題
昨年度までの研究で、抗生物質クロラムフェニコールに対する大腸菌の長期適応現象の解析を進めてきた。クローン細胞集団内で観察される生死応答のばらつきの背景には薬剤耐性遺伝子の細胞ごとの発現量差があるのではないかという予想を元に1細胞計測をおこなったところ、発現量差は薬剤投与直後の初期の生死応答差には効いているが、長期的な順応効率には大きく関わっていないことを明らかにした。この結果は、抗生物質投与時間が長くなるにつれて起こる細胞内のグローバルな状態変化が順応現象の背景にある可能性を示唆した。このグローバルな状態変化を理解するため、ストレス投与後に起こる細胞内の緊縮応答や核様体構造の変化を1細胞レベルで解析できる細胞株の構築、およびその計測を進めた。また、大腸菌のアンピシリンに対するパーシスタンス現象の1細胞解析を行い、薬剤投与を生き抜くパーシスターが、薬剤投与前から成長を停止しているいわゆるドーマント細胞ではないことを明らかにした。これはパーシスタンスの発生メカニズムに関する定説を覆す結果であり、この現象についての理解の再考を迫るものとして重要と考えている。さらに、1細胞系統樹をもとに細胞表現型の適応度地形および選択強度を得る解析フレームワークの改良を行なった。その結果、集団の増殖率が、細胞の平均増殖率と選択強度の和として表現できることを明らかにした。また、情報理論の相互情報量と類似の表式で定義される相互選択強度という量が、増殖を通じて、ある表現型が分裂率とどの程度相関を強めるかを表す量になっていることを明らかにした。このフレームワークにより、状況依存的に変化する表現型ゆらぎの役割を定量的に評価することが可能となった。
2: おおむね順調に進展している
本研究課題で目標としていた、短期的適応(パーシスタンス)と長期適応の関係の理解が大きく進んでいる。また、パーシスタンス現象に関して、これまでの定説を覆す実験結果も得ており、当初の予想を超えた結果も出てきている。一方、当初予想していなかった実験・解析の必要性も明らかになり、全体の進展としてはおおむね順調と評価した。
最終段階にきている大腸菌の長期順応現象の解析を完了し、論文として研究成果の発表を行う。特に、ストレス環境下で起こる核様体構造の変化や緊縮応答の性質の解析を完了させる。大腸菌のパーシスタンス現象の解析では、これまでの定説を支えてきた大腸菌変異株の実験を我々の実験系でも再検証し、既報の実験結果と我々の実験結果の一致性を明確にし、パーシスタンス現象の正しい理解を与える。また、これまで開発した1細胞系統樹の解析フレームワークを進化系列の大腸菌株の解析に適用し、進化過程における「細胞レベルの増殖率の増大」と「選択強度の変化」がどのようにして集団増殖率の変化をもたらしているか明らかにする。
本研究費で雇用していた研究員が、研究代表者が所属する大学において助教にプロモーションされたため、当初必要と考えていた人件費に剰余額が生じた。この剰余額を利用し、大腸菌のパーシスタンス現象の新たな解析を追加した。それに必要な消耗品や謝金として次年度に使用する予定。
すべて 2018 2017 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 7件) 備考 (2件) 産業財産権 (1件)
PLoS Biology
巻: 15 ページ: e2001109
https://doi.org/10.1371/journal.pbio.2001109
bioRxiv
巻: NA ページ: 235580
https://doi.org/10.1101/235580
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http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/files/20170622pressrelease.pdf