クロラムフェニコール耐性タンパク質を発現する大腸菌を最小成長阻止濃度の抗生物質(クロラムフェニコール)に長期的にさらすと、集団中の一部の細胞が順応し、遺伝子変異によらない表現型レベルの耐性を獲得することをこれまでに明らかにしている。今年度はこの現象の解析をさらに推し進め、薬剤中で安定に増殖してきた細胞の子孫細胞群を回収し、ゲノム解析、トランスクリプトーム解析を行った。その結果、この順応現象はこれまでの予想通り遺伝子変異によらないことを確認した。またトランスクリプトーム解析の結果から、同じ薬剤環境中で順応してきた細胞群であっても、先祖細胞の違いにより、耐性をもたらしている発現状態に大きな差があることが分かった。このことから、適応的な細胞状態が多数存在することが、順応の一般性の背景にあることが示唆された。 また、最小成長阻止濃度よりもはるかに高い濃度の抗生物質に対し、数世代の短い時間スケールで起こる適応現象であるパーシスタンス現象の解析では、ごく低頻度に集団中に現れる生存細胞(パーシスター)を検出するために、一度に10^5以上の細胞の薬剤応答を観察できる1細胞計測技術を昨年度までに確立していた。また、この計測技術を用いることで、大腸菌のアンピシリンに対するパーシスタンスでは、成長細胞がバルジを形成しながら生き残るモードが主要な生存経路であることを示していた。この解析をさらに推し進め、同じ薬剤に対しても複数の生存モードが存在すること、さらにその登場比が、どの成長フェーズから細胞をサンプリングするかによって大きく変化することを突き止めた。同じ成長フェーズから分離された生存細胞であっても、観察される生き残りモードは異なり、1細胞レベルでは生き残りを可能にする複数の経路・理由が存在することを明らかにした。さらにこの結果をアンピシリン以外の薬剤に対しても検証した。
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