研究課題
本研究は、上皮成長因子受容体 (EGFR) による細胞膜情報処理システムの再構成系を開発し、情報伝達と分岐の分子機構を解明することを目的とする。EGFRの分子数と密度を制御してナノメートルサイズの微小平面膜に再構成し、細胞内外の情報伝達、情報処理反応場の構築、動的な情報分岐・処理能力の創発に関する構成的システム研究を行う。生体膜における複雑に絡み合った反応の実体を捉えて、リポソームなど再構成膜系を利用した構成的システム研究へ基盤情報を与えるとともに、分子ダイナミクスを利用した高機能素子開発のヒントを得ることを目指している。再構成系は直径10~15 nmの微小平面膜であるナノディスクを基盤として作成する。ナノディスクは脂質2重層の側面をMSP蛋白質2分子で取り囲んで安定化させたものである。EGFRを数分子単位で膜に取り込ませ、表裏両側から操作できるナノディスクの利点を生かして、EGFRの分子反応を1分子計測する。EGFRはEGF結合により2量体内でリン酸化酵素活性を促進され、自己リン酸化、リン酸化認識蛋白質との結合、リン酸化などを行う。本年度はEGFRの細胞膜貫通領域と細胞質側膜近傍領域の合成ペプチドをナノディスクに再構成し、2量体形成に対する膜脂質組成と膜近傍領域リン酸化の効果を詳細に解析した。膜受容体と細胞膜が協調的に作動して活性化調節を行っていることが明らかになり、様々な再構成膜実験に膜環境が及ぼす複雑性の一端を解き明かすことができた。
2: おおむね順調に進展している
昨年度確立したナノディスク再構成系作成法を利用して、EGFRの細胞膜貫通領域(transmembrane domain: TM)と細胞質側の膜近傍領域(juxtamembrane domain: JM)からなるペプチド(TM-JM)の再構成膜系を作成した。N端、或いはC端を蛍光色素Cy3またはCy5で標識した2種のペプチドを混合して再構成し、ペプチド間の単一色素対FRETイメージング計測により、末端間距離の分布と時間変動を調べた。蛍光強度に基づいて2種のペプチドを1:1で含むディスク膜を選択し、FRET効率分布を計測すると、N端間のFRET効率(E)はほとんど常に高く(E > 0.8)ペプチド間は高い親和性を持っていることが明らかであった。しかし、C端間ではPC再構成膜中で2量体(E=0.9)と単量体(E=0.1)の二つのピークとその間の幅広い分布を持つ。従って、JMのC端は膜から解離して溶液中でふらついている構造をとり得ると考えられる。酸性脂質PSやPIP2を含む再構成膜では2量体ピーク強度が上昇した。JMに含まれるセリン残基(T654)のリン酸化はEGFR活性への負のフィードバック効果を持つと言われているが、分子機構は明らかでない。T654をリン酸化したペプチドの再構成系では、PSを含む膜中で2量体が大きく減少し、単量体が増加した。中間状態の分布には変化が見られなかった。JM領域には多くの塩基性アミノ酸残基が存在する。以上の結果は、酸性脂質とJMの相互作用とJM間の2量体形成が協調的に誘起され、リン酸化は両者を同時に阻害すること、すなわち膜蛋白質と膜脂質が協調して活性調製を行っていることを示唆している。本研究に関して現在論文作成中である。
上記の研究の他に、EGFR全長を用いた再構成膜実験が進行中である。ナノディスク膜への再構成法は既に確立しており、今後は機能解析と構造解析を行う。機能解析は1分子イメージングを利用した、リガンドおよび細胞質蛋白質等の溶液性蛋白質との相互作用計測であり、GFP蛍光によるEGFRの可視化と、TMR等による溶液性蛋白質の同時観察を行うための試料調製を行った。今後本格的な計測を開始する。構造計測は極低温電子顕微鏡による単粒子解析が進行中である。予備的な画像は得られているが、良好な重ね合わせができていない。おそらく構造多型性によるものと思われる。EGF結合状態の再構成を行い、2量体構造を安定化することを計画中である。
すべて 2017 2016 その他
すべて 国際共同研究 (3件) 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 2件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 2件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 1件、 招待講演 5件) 備考 (1件)
Curr. Opin. Strct. Biol.
巻: 46 ページ: 16-23
10.1016/j.sbi.2017.03.010
FASEB J.
巻: 31 ページ: 2156-2168
10.1096/fj.201500075R
Cell Rep.
巻: 16 ページ: 2156-2168
10.1016/j.celrep.2016.07.047