研究課題/領域番号 |
15KT0090
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
佐藤 眞一 大阪大学, 人間科学研究科, 教授 (40196241)
|
研究期間 (年度) |
2015-07-10 – 2018-03-31
|
キーワード | 社会心理学 / 高齢者 / 孤立 / 孤独 / 認知症 / 社会的認知 / 日常会話分析 / ポジティヴ情動活性化 |
研究実績の概要 |
健常高齢者については、インターネット利用についての特徴と孤立・孤独との関連性、およびライフイベント経験によって蓄積される知恵・英知に関する文献研究と半構造化面接を実施した。認知症高齢者については、新たな社会的認知を測定する課題の検討、日常会話に現れる種々の認知機能を測定する新たな尺度の応用可能性探る研究、ポジティヴ情動活性化についての予備的実験研究、継続開催している事例研究を行い、それらの成果の一部を関連諸学会や専門雑誌において発表した。 健常高齢者については、孤独感のエイジング・パラドクスに関して、昨年度実施したインターネット調査におけるインターネット利用とパーソナリティの関連性を若年群、中年群および高齢者群各500名ずつの結果について検討した。その結果、開放性と誠実性が高齢者群のみにインターネット使用とポジティヴな関係にあることが明らかになった。知恵・英知に関する研究は、知的側面のみならず感情や意志の側面を包括し、かつその構造と機能を心理学的な実験や調査によって実証化する取り組みである。本年度は文献研究を実施し、併せて高齢世代を対象に知恵の定義に関する半構造化面接を行った。 認知症については、社会的認知機能評価法にについて心の理論課題に関する能力を細分化して複数の平仮名版Navon課題を実施した。また、我々が開発した日常会話式認知機能評価(Conversational Assessment of Neurocognitive Dysfunction, CANDy)を、軽度認知障がい(MCI)と軽度~中等度認知症の高齢者に実施して、会話に反映される社会的認知の特徴を検討した。ポジティヴ情動活性化法の開発に関しては笑いとの関係についての実験研究を行った。事例検討については、昨年度に引き続き、認知症高齢者の事例を施設の介護職員と共に検討し、社会的認知の改善について議論した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの研究成果を整理し、国内外の学会にてシンポジウムやパネルディスカッションへの参加を含む研究成果の発表を昨年度は9件、本年度は18件実施することができた。 健常高齢者については、エイジング・パラドクスによる孤独感の制御方略を検討するために、若年者、中年者との比較のためのネット調査を実施し、高齢者のインターネット利用の特徴を孤立・孤独の観点から検討した。知恵・英知については、ライフイベント体験によって発達するという仮説に基づいて、文献研究と半構造化面接によって新たな理論枠組みを提唱した。 認知症について、CANDyは、従来、国際的にも例を見ない認知検査を実施しないで認知症をスクリーニングする方法である。日常会話を分析するのはそこに神経科学的認知機能ばかりでなく、社会的認知機能も反映されると考えているからである。従来のMMSEのような神経科学的認知機能検査では捉えられなかった認知症高齢者のQOLをも捉えられることが明らかになっているので、認知症高齢者の孤独・孤立を解明する手段としても有効と考えている。また、社会的認知機能測定法の開発については、心の理論を背景にしてこれまでのオリジナルの測定法を種々吟味してきたが、次年度は測定法の確定に向けて実験を行っていく。ポジティヴ感情活性化研究は、戦略的な「笑い」の実践が認知症高齢者のポジティヴ感情を活性化し、BPSD(行動・心理症状)を改善し、QOL向上に資するかを検討する目的で健常高齢者と若年者を対象に「笑い」の効果に関する実験的研究を行った。次年度は、施設に居住する認知症高齢者を対象に実践的なプログラム開発の段階に入る予定である。 今年度は行えなかったが、高齢者視覚障がい者については、昨年度、19名についてインタビュー調査を実施し、そのデータの再分析ができた。両データの分析については今後も継続して行う予定である。
|
今後の研究の推進方策 |
健常高齢者については、世代間比較による孤独感のエイジング・パラドクスについて、本年度は調査内容を確定できずに実施できなかったインターネット調査による縦断研究の第2回目を予定している。知恵・英知については、ライフイベント体験の内面化の程度と知恵・英知の行動と機能の2側面について、知能(認知)、感情(感情調整)、意志(信念)等複数の次元的検討を行う。 認知症について、心の理論を背景にした社会的認知機能評価法の開発については、新規課題の開発と信頼性・妥当性の検討等を行う。日常会話による認知機能評価に関しては、CANDyの特に高齢者介護施設における実施可能性とその意義を明らかにし、QOLとの関連から認知機能と孤立・孤独について考察する。さらに、軽度認知障がい(MCI)高齢者や軽度認知症高齢者を含む虚弱高齢者への電話対話および認知的介入による孤独感制御について検討する。また、ポジティヴ感情活性化については、高齢者介護施設にてMCIおよび認知症高齢者を対象とするプログラム開発を目的とする介入研究を実施する。 研究成果の発表については、国際老年学会(IAAG)、日本心理学会、日本老年社会科学会、日本応用老年学会等でのポスター発表、口頭発表等を行うとともに、学術論文の投稿、書籍の出版等を行う予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
青年期、中年期との比較による健常高齢者の孤立・孤独とその心理的制御に関する第2回インターネット調査(追跡調査)が、調査内容を確定できずに実施することができなかったため、次年度使用予算額が生じた。次年度は、インターネット調査実施可能性を探りながら、CANDyの周知のためのホームページ作成、ポジティヴ情動活性化のプログラム開発実験、社会的認知機能測定法開発のための実験研究、健常高齢者の知恵・英知と社会的認知および孤独と孤立への心理的制御との関連に関する実験的研究の実施等、多くの研究課題を抱えているのみならず、次年度は4年に一度の国際老年学会が開催されるので、資金的なバランスを考えながら実施していきたい。
|
次年度使用額の使用計画 |
今後、青年期、中年期との比較による健常高齢者の孤立・孤独とその心理的制御に関する縦断研究の第2回目をインターネット調査によって実施するとともに、高齢期に遭遇するライフイベントを乗り越えることと知恵・英知の発達との関連性を社会的認知機能の変化、心理的孤独感への制御といった観点も含めて実験的に検討する。認知症については、健常者とCANDyを用いて軽度認知障がい(MCI)高齢者、MCI高齢者と軽度認知症高齢者の会話特徴を分析するとともに、事例検討を通じて認知機能と孤立・孤独についての考察、社会的認知測定法の開発のための実験研究、および高齢者介護施設利用者のポジティヴ感情活性化のためのプログラム開発を行う予定である。また、国際老年学会を含む各種学会での発表を計画している。限られた研究助成金をこれらの研究にバランス良く配分する予定である。
|