本研究では、紛争後の平和構築の最新の議論の一つである「折衷的(hybrid)」平和構築に関する理論面での精緻化をアジアの諸事例を横断的に分析することで試みることを目的として掲げた。折衷的平和構築論は、紛争後の平和構築が国際社会の主導で進められていく場合に、国際社会が持ち組む価値観や制度が現地社会のそれらと軋轢を起こしかねない状況に関心を寄せ、軋轢を相互作用の過程や融合・取捨選択の過程と認識している点に特徴がある。しかし、既存の研究では、その融合・取捨選択の過程や仕組みが必ずしも明確に解明されていたわけではない。折衷的平和構築論の代表的な論客であるOliver RichmondやRoger Mac Gintyも折衷的平和構築論の視角は現実を描写するのには適しているが、融合・取捨選択の過程や仕組みが解明されていないため、よりより平和構築のあり方を処方するのには、折衷的平和構築論は課題が多いと主張してきた。 そこで、本研究では、紛争後の平和構築のなかでも、国際社会によって取り組まれる主要な活動として民主化と安定化に焦点を当てながら、融合・取捨選択の過程や仕組みを明らかにする方策を探求した。そこで着目したのは、現地社会における新制度の導入について決定権や拒否権をもつ現地指導者層の視点に立って融合・取捨選択の過程や仕組みを理解しようとする分析視角である。伝統的・権威主義的な統治に代わり民主的統治が推進される民主化も国家権力の中枢である治安部門での改革を余儀なくされる安定化も、その本質は既存の権力構造の変更を強いるものと捉えられる。つまり、国際社会が持ち込む価値観や制度が、現地社会の指導者たちによって自らの権力基盤を強化できる、あるいは少なくとも脅かすことがない、と認識されたときには、選択がなされ融合が進み、折衷的平和構築が実現する可能性が高いことが、アジアの諸事例を横断的に分析することで明らかになった。
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