研究課題
遷移状態・反応障壁という概念は、化学反応の分野でのみ用いられるものではない。発光・消光の過程においても、基底・励起状態のポテンシャルエネルギー曲面(PES)の交差点が遷移状態のような役割をし、発光や消光の反応障壁を決めている。本研究ではランタノイド(Ln)を含む発光材料に着目し、発光・消光の反応障壁を調べることで、発光センサーの理論的設計を行うことを目指した。2015年度は、温度によって発光色が徐々に変化する「カメレオン温度センサー」の発光色変化機構を調べた。この温度センサーは、Ln(= Tb・Eu)と光アンテナ配位子、Lnを繋ぎ高分子化するリンカー配位子の3つの部位で構成されている。Tbの含有量をEuよりも多くしておくと、低温ではTb由来の緑色発光が強く見えるが、温度が上昇するに従い、緑色発光の強度だけが弱くなり、徐々にEu由来の赤色が強く見えるようになる。そのため、発光色は、温度上昇に伴い、緑から黄色、橙、赤へと徐々に変化していく。この現象の機構を明らかにするため、TbとEuのモデル錯体のPESの交差点を調べた。その結果、TbとEuの発光強度の温度依存性が異なる理由は、TbとEuの発光準位から光アンテナ配位子の一・三重項状態のPESの交差点へのエネルギー差(消光の反応障壁)によって説明することができた。また、これまでのLn発光材料の分子設計では、光アンテナ配位子の三重項状態のみが着目されいたが、本研究で取り扱ったカメレオン温度センサーの場合は、リンカー配位子の三重項状態を介するTbからEuへの励起エネルギー移動が起きており、この三重項状態のエネルギーを制御することで、異なる温度依存性を持つ温度センサーが設計できることが明らかになった。
2: おおむね順調に進展している
平成27年度は1種のランタノイドを含む材料に着目して、結晶中と液相中での発光量子収率が大きく異なる理由を調べ、平成28年度以降に2種のランタノイドを含む材料に以降していく予定であったが、思った以上に後者の研究が進んだので、まずは平成28年度以降に行う予定だった研究内容に集中した。この内容は論文の投稿準備中であるため、おおむね順調に進展していると言える。
申請時に、平成27年度に取り組むと記載したピリジン系配位子を持つランタノイド一核錯体の発光・消光の機構の解明を目指す。特に液相中では非常に低い発光量子収率が、固相中で著しく高くなる理由について明らかにする。固相の取り扱いは、前述の温度センサーの研究において、ONIOM法を用いて周囲環境を分子力学(MM)法で表現することで、固相内での分子のパッキング効果をよく表現できていたため、本研究でもONIOM法を利用していく方針である。
すべて 2016 2015
すべて 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 1件、 査読あり 4件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 7件、 招待講演 5件)
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