遷移状態のエネルギーや構造を正しく求めることは、その反応機構を考える上で基礎的かつ重要な事項である。量子化学計算により正しくビラジカル遷移状態と反応メカニズムを求めることができれば、理学的観点のみならず分子設計や反応設計、ひいては反応制御という観点からも大変重要な情報となりうる。非制限計算(Broken-symmetry:BS)法は、非常に簡便に静的電子相関を取り入れることができ、また、計算機コストも平均場近似レベルで済むことから、実在分子系でのビラジカル遷移状態を含む反応機構を考える上では非常に有効である。しかしながら、このBS法には、スピン混入誤差と呼ばれる致命的な欠点があり、エネルギーや構造など様々な所に影響を及ぼす。申請者はエネルギーの1次並びに2次微分からこの誤差を除く方法を世界で初めて開発した(近似スピン射影(AP)法)。 本研究課題では『近似スピン射影(AP)法に基づいた遷移状態計算法を深化させ、実在分子におけるビラジカル反応機構の予測・解明を定量的に可能とすること』を目的とした。 本研究課題に関しては、研究分担者の齋藤徹(広島市立大学大学院情報科学研究科・助教)と密に連携しながら進め、研究期間内に以下の点で成果を収めることに成功した。まず、巨大系の最適化を目指し、QM/MM法とAP法とを組み合わせることを進めた。様々な検証の結果、MM法部分に半経験的手法を用いることで計算精度を上げることとし、そのための新規なパラメータセットを提案することに成功した。加えて、具体的対象系として、銅2核錯体に着目している。銅2核錯体は、生体反応活性中心でも見られる構造であり、また、スピン混入誤差が顕著に現れる系でもある。まずはその第一段階として、基底状態の構造と磁気的相互作用の関係性に関して研究を進め、その有効性が確認された。この成果に関しても、すでに論文を数報出版した。
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