研究課題/領域番号 |
15KT0150
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
鈴木 孝幸 名古屋大学, 理学研究科, 講師 (40451629)
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研究期間 (年度) |
2015-07-10 – 2019-03-31
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キーワード | 形態形成 / システム生物学 / 発生 / マクロ / 階層 |
研究実績の概要 |
平成29年度では肢芽のマクロな形態形成を制御している部位の同定と、マクロからミクロへのどのようなトップダウンの発生システムが3次元の肢芽の形態を制御しているのか解明を試みた。その結果、発生初期の段階において、由来の異なる肢芽(手足の原器)の組織と脊椎骨(背骨)になる組織同士が、分泌因子を介して位置関係を維持しながら協調して後肢周辺の3次元の形態を構築する新しい発生メカニズムを発見し、これをanatomical integration(解剖学的統合)システムと命名した(Matsubara et al., Nature Eco&Evol., 2017)。これは我々が世界で初めて提示した、器官と器官(組織と組織)の間のマクロな3次元の形態を構築する新しい発生システムの概念である。これまで本研究を始めるまでは器官全体の形態形成を考える実験手法を構築して来たが、平成29年度で初めて器官と器官の位置を統合するトップダウンの新たな発生メカニズムを解明することが出来た。 そこで次に、マクロな器官全体の形態がどのように形成、維持されているのかを調べるために、細胞骨格を形成するミオシンの活性化状態を肢芽全体に渡って共焦点顕微鏡を用いて調べた。ミオシンは1リン酸化と2リン酸化のミオシンの状態があり、通常は2リン酸化ミオシンの活性化状態が細胞の形態を規程する細胞内部の応力を反映しているとされている。ところが、驚くべきことに肢芽の上皮の細胞においては1リン酸化ミオシンが伸長方向とは垂直な方向に多い傾向があることが分かった。さらには肢芽の上皮組織は前後軸方向に沿って扁平に伸長していることが判明した。これらの結果は、1リン酸化ミオシンの活性化を介して肢芽の上皮組織が3次元の肢芽全体の形態を制御している可能性を強く示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年12 月、マクロな肢芽の形態を制御していると考えて来た上皮細胞におけるリン酸化ミオシンの抗体染色を行った所、当初予定としていた2リン酸化ミオシンが形態形成に関与しているのではなく 、1リン酸化ミオシンが上皮の形態を維持していることが明らかとなった。研究遂行上この現象の本質を見極めることが不可欠であることから、1リン酸化ミオシンが肢芽の形態に与える影響を調べる追加実験を研究期間を延長して調べることにした。本研究では、マクロな形態変化がミクロレベルのどのような細胞の振る舞いによって起こるのか、新しい概念を提唱することを目的としている。平成29年度までの研究で、これまでの器官全体の形態変化を定量的に解明し、1つの独立した3次元の器官の形態形成過程を追うことが可能となったばかりでなく、さらにスケールの階層がマクロである器官と器官の位置関係を決める新たな発生メカニズムを提唱出来たことは大きな進捗である。これまでの発生生物学の手法において器官と器官の間の位置関係がどのように決まるのかその発生学的メカニズムを提唱した研究はない。そこで今後は、我々が特に着目している後肢の形態形成過程において、肢芽の伸長と3次元の形態がどの分子によって形成、維持されているのかその分子メカニズムを明らかにする必要がある。これによりマクロな形態形成過程の中でのどの分子がクリティカルに形態を保つために必要であるのか、新たな視点からのスケールの階層をつなぐ形態形成の理解が深まることが予想される。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度では、1リン酸化ミオシンの活性化パターンを元に、3次元の肢芽全体の形が形成、維持される機構を明らかにすることを目指す。これにより、上皮組織と間充織組織の間の組織間の力学的協調性により巨視的な器官全体の形が自立的に構築される3次元の形態形成の本質を捉えることを目指す。 まず、ストレックスや押し込み試験機を用いて上皮細胞と間充織細胞の力学的特性や異方的な応力を受けた時の1リン酸化ミオシンの活性化パターンを解析し、由来の異なる2つの細胞群がどのように協調して形態変化を起こすのか、両方の組織の動態の同時計測と、intrinsicな力学情報のみを元に3次元の肢芽の形態がどこまで説明出来るのか非線形連続体モデルを用いたシミュレーションにより解析する。具体的には、①本研究室は保持するH2B-mCherryトランスジェニックウズラを用いた異方的な応力場内における上皮細胞の動態の解明を2光子顕微鏡を用いて行う②我々が開発したマイクロピンチを用いた異方的な外力を間充織細胞に加えた時の分裂方向の測定、③押し込み試験機を用いた間充織組織が上皮組織を押す垂直抗力分布の測定、を行い上皮組織と間充織組織の力学情報への応答能を調べる。これにより上皮-間充織間のミオシンを介した力のやりとりを織り込んだ肢芽形成の数理モデルの作成と実験的検証、を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成29年12 月、マクロな肢芽の形態を制御していると考えて来た上皮細胞におけるリン酸化ミオシンの抗体染色を行った所、当初予定としていた2リン酸化ミオシンか_形態形成に関与しているのて_はなく 、1リン酸化ミオシンか_上皮の形態を維持していることか_明らかとなった。このため、これまで2リン酸化ミオシンが肢芽内部の応力の発生源と考えて来た研究内容に修正が必要となった。そのため平成29年度では1リン酸化ミオシンの抗体染色を様々なステージのニワトリ胚に対して行い、肢芽全体の中で1リン酸化ミオシンがいつどこでどれだけ活性化しているのか詳細な情報を取得した。この実験は、取り扱う個体数は少なくて良いが、共焦点顕微鏡で画像を撮影後、データの数値化、解析に多くの時間を必要とするため直接経費の使用額は少ないが膨大なデータ量を平成29年度では取得している。平成30年度では、このデータを元に、1リン酸化ミオシンの活性が顕著に上昇している部分での細胞動態の解析を2光子顕微鏡を用いて行ったり、マイクロピンチを用いて肢芽に異方的な外力を加えたときの肢芽組織の1リン酸化ミオシンの挙動の解析に繰り越した金額を使用する。また1リン酸化ミオシンの活性化を阻害する薬剤を肢芽に処理したときの形態変化の解析と、肢芽内部の細胞群の異方的な変形量を定量化するために用いる。
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