カビは、醸造・発酵産業上重要であると同時に、動植物の病原菌としても注目されている。私は、カビFusarium oxysporumが真核生物であるにも関わらずミトコンドリアで酸素呼吸以外の嫌気呼吸(硝酸呼吸)をするという興味深い現象を、本菌の遺伝子組み替え系を利用して分子レベルで解明してきた。その結果、本菌の硝酸呼吸系が硝酸塩の一酸化窒素(NO)への変換に伴うATP生産系と2種のNO消去酵素による呼吸副産物であるNOの解毒系から成り立つことを見出した。また、多くのカビが、従来、原核生物固有の能力とされてきたアンモニア発酵や硫黄呼吸といった嫌気代謝を行うことを発見し、カビのエネルギー獲得機構がこれまで考えられてきたよりも多様であることを明らかとした。さらに、A.nidulansの変異株の解析から、この反応がfacA遺伝子にコードされるアセチルCoA合成酵素(Acs)の逆反応により触媒されることを明らかとした。Acsは生物界に広く分布し、通常、ミトコンドリアのクエン酸回路にアセチルCoAを供給することによってエネルギー生産に貢献している。これに対して、カビのアンモニア発酵では、細胞質で生産されるアセチルCoAを利用してAcs/Ackが直接的にATPを合成するのである。興味深いことに、A.nidulansのAcs/Ackは、一般的なカビのAcsと同様、AMP依存型であるのに対して、F.oxysporumでは、この反応にADPが用いられる。アンモニア発酵におけるAct反応は、カビの種によって多様である可能性が考えられる。
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