本研究ではバクテリア染色体の配列や、染色体の全体構造そのものが核様体の形成にどのように関与しているのかを調べ、バクテリア染色体構造の全体像を明らかにすることを目的とした。大腸菌の環状染色体では、複製起点領域を含むOriドメインと複製終点領域を含むTerドメインの2つの染色体ドメインがある(Niki et al.2000)。染色体工学的手法を使って、大腸菌染色体に大規模でかつ体系的な逆位を導入した一連の変異株を作成した。これら変異株では、染色体ドメインの配置が変わっている。染色体のoriC-difの中心軸で逆位を起こした変異株では、染色体の分配に異常が生じ、高頻度で無核細胞が出現した。しかも、逆位の位置によってdifの部位がOriドメインに近接する変異(83minと35min領域での逆位;Inv[84-35])と、そうならずdifが残るような逆位変異(83minと33min領域での逆位;Inv[84-33])では、無核細胞の発生頻度が11.7%と37.1%と非常に異なっていた。これら逆位変異において、Terドメイン内での複製ファーク停止活性、いわゆるTer活性が影響しているか否か検証するため、Ter活性に必須のtus遺伝子の破壊変異を導入した。その結果、Inv[84-35]逆位では36.7%と無核細胞が増えた。一方、Inv[84-33]逆位では、ほぼ影響を受けなかった。複製フォークの停止は、染色体の複製倍加の速度を規定する。複製フォークの停止が解除され、染色体の倍加時間が早まることが複製した染色体の核様体へ再構成を乱し、その結果として染色体分配の異常を招くのではないかと推察される。このモデルを、検証するためにこれら逆位変異株での複製起点領域の分配・移動を解析することを試みている。
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