交尾を契機に雌マウスに形成される雄フェロモンの記憶は、フェロモン情報処理系(鋤鼻系)の最初の中継部位である副嗅球に生ずるシナプスの可塑的変化によって支えられている。フェロモンの記憶に加えて、申請者らはまた、新生仔ラットにおける匂い学習も優れたモデル系であると考え、そのメカニズムを解析してきた。新生仔ラットは、嗅覚と体性感覚に頼って外部環境との関係を発達させるため、この時期は匂いの条件付けが強く成立する感受性期なのである。事実、匂いと電撃を30分間1回対提示するだけで、この匂いに対する嫌悪学習が成立する。この匂い学習は、主嗅球の僧帽細胞と顆粒細胞の相反性シナプスが深く関わり、転写因子CREB(cyclic AMP response element binding protein)の発現とそのリン酸化を介して成立する。本研究では、これまでの成果を基盤として、匂いの記憶・学習の分子メカニズムの解明を目指し、下記の成果を得た。 副嗅球の顆粒細胞にα-PKCが発現していることが明らかになっている。そこで今回、フェロモン記憶形成の臨界期に両側の副嗅球へPKCの選択的阻害薬であるGF109203X、0.5nmolを2回注入してその記憶阻害効果を検討したが、この濃度では記憶阻害効果は認められなかった。再度濃度を上げて検討する予定である。 新生仔における匂いの嫌悪学習の成立にMAPKによるCREBのリン酸化が関わることを明らかにしている。今回さらに、PI-3キナーゼの関与を検討した。匂いと電撃の対提示トレーニング中にPI-3キナーゼの選択的阻害薬であるwortmanninを両側の嗅球へ注入した。この注入により濃度依存的に学習が阻害されるとともに、CREBのリン酸化も有意に低下した。これらの結果は、トレーニング中にPI-3キナーゼが活性化され、CREBをリン酸化して学習を成立させることを示唆する。
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